この恋がきみをなぞるまで。



わたしが廊下に出るよりも早く、昴流が部屋のドアを開ける。


「ただいま!⠀芭流姉聞いて、聞いて」

「聞くから先に着替えて。泥だらけ」


荷物も玄関を放ってきたようで、廊下から日和さんのお叱りも飛んでくる。

慌てて出ていった昴流が戻ってくる前に、机周りを片付けて電気を消してから部屋を出る。


「芭流、平気?⠀大丈夫だった?」

「うん、平気。もうだいぶ痛みも引いたし、来週からは学校に行くよ」

「そう?⠀無理はしないでね」


4日間も休んだから、日和さんは一度病院にと言っていたけれど、毎年のことだからと断っていた。

来週も雨が続くようだから、その日の体調にもよるけれど、行くと伝えていた方が安心するだろう。


夕飯の手伝いをしていると、日和さんが思い出したようにカレンダーを見た。


「面談、何日か決まった?」

「21日」

「ああ、よかった。23日だとやっぱり調節が難しそうだったから。何時だっけ?」

「16時からだったかな、あとで確認するね」


三者面談の日取りも決まっているから、進路についてここ数日はずっと頭を悩ませていた。

鍋をかき混ぜながら、候補から外していた就職の線もほんの少し過ぎる。


「行きたいところ、決まった?」

「ううん。興味だけなら、史学科だけど……これがしたい、とかはあまりなくて」

「いいんじゃない。興味のあるところで」


やりたいことが見つからない人は何をきっかけに選ぶのだろう。

制限がなければもっと、と考えてしまうのが嫌で、もやもやをすべて鍋を混ぜる手にこめる。


「そんなに激しく動かないの」

「大丈夫」

「駄目よ」


鍋を混ぜるのは、左手を使っていた。

細かいものでなければ何かを持つことはできるし、弱いけれどつかむ力もある。

ぐるぐると混ぜていたおたまを日和さんの手に止められた。


「あとはまかせてお皿の準備をして」

「まだほら、底に残ってる気がする」

「もう十分。混ぜすぎ」


そのまま鍋に蓋をされて、しぶしぶお皿の準備に取りかかる。

ゲームをしていた昴流も手伝ってくれた。


3人での夕食を終えて、各々の時間を過ごす。

昴流に誘われたゲームをしたり、お風呂を済ませてから部屋に戻ると、携帯のランプが点滅していた。