すれ違ったことにして、すぐに教室を出て行った方がいいとわかっているのに、どうしても足が動かず、城坂くんの背中を目で追う。


ロッカーから細長い桐箱を取り出し、開けた隙間から中身を確認した城坂くんが、見間違いかもしれないけれど、微かに口角を上げていた。

普段、教室にいてたまに目にする笑顔ではなくて、慈しむような、宝物を見つけたような、やわらかい笑み。


指先でなぞったそれを見て、目を見張る。

信じられなかった。

でも、城坂くんの手にあるそれが、もしも本当にそうなら。


「まだ、続けてるの?」


ハッと、わたしの存在を忘れていたみたいに驚き振り向いた城坂くんの表情が、強張っていく。


しまった、と思ったときには遅く、桐箱をポケットに押し込み、苛立ちを隠そうともせずにわたしの前に立った。

威圧するような視線から、逃げたくない。

嫌悪を全身に浴びて、それでも、ここで怯みたくない。


もうずっと前に変わってしまったわたしたちを、わたしたちの関係を、これ以上歪ませたくない。


「ちさと」


今しかない。これしかない。

その一心で、目の前の人の 名前 を呼んだ。


「ふざけんな」


途端に目の色を変えた城坂くんが、瞬きする間も、構える間もなく手を横薙ぎに払う。

その爪の先がわたしの手の甲を掠めて熱と痛みが駆け抜けた。


こわい、と全身が冷たくなる。

じくりと痛む手を反対の手で庇うと、城坂くんは一瞥して、それから吐き捨てるように言う。


「覚えてないとは言わせないからな」


こんなの、もう。

嫌われているとか、そんな話じゃないのかもしれない。


「もう俺に近付くなって、言ったろ。お前、わかったって言っただろ!」


もう一度手を伸ばせば、また、繋げられる日が来るんじゃないかって。


「お前を守るやつなんて誰もいない」


嫌いなら、そう言えばいい。

それだけに留められていたことさえ、きっとわたしと城坂くんにしかわからない過去を指す言葉と共に、深く穿たれる。


何もわたしを知らないはずの城坂くんが、城坂くんを何も知らないはずのわたしが、どうしてお互いを理解した振りをすることで傷ついているのだろう。


今更、許してほしいとは言わない。

ただ、あの頃のわたしは城坂くんからたくさんのものを奪ってしまった。


大切だったもの、大切になるはずだったもの。


それらを、城坂くんに諦めてほしくないだなんて我が儘が、今この瞬間を作ってしまっている。

あらぬ誤解がわたしたちの与り知らない場所でうまれていたのはきっと、城坂くんもわたしを見ていたからなのだと思う。


「もう、いい」


再会した一年前から今日まで、城坂くんのためにできることをさがしていた。


「もう……いいよ」


怪訝そうに目を細めて、城坂くんは言及することなく、横を通り過ぎて行った。