この恋がきみをなぞるまで。



「お前だけどこかに行って、千里置いてって。今更戻って来るなんてな」


あのときのことを、本気で怒っている表情じゃない。

ニヤニヤと口角を上げて、品定めするような目はじっとりと全身をなぞる。


大声を出したくても、乾いた息が辛うじて漏れ出る。

冷たくなった手で宙を掻いても何も触れない。


「とりあえず、向こうに行こうか」


肩に回された手が左側を覆うように握られて、痛みが走る。

もし、ここで、左腕のことがバレたら何をされるかわからない。

奥歯を噛んで、痛みに堪えながらではろくな抵抗もできず、引き摺られるように公園の中ほどまで来たときだった。


「芭流!」


空気を裂いて、耳に真っ直ぐに届いた声に、顔だけを勢いよく向ける。

息を切らせた城坂くんが立っていて、わたしの隣にいる人を見ると、臆することなく走ってくる。


「離せ」


わたしではなくて、男の方の腕を握り、聞いたこともないような低い声で言う。

城坂くんの手には血管が濃く浮かんでいて、相当力が入っているのに、少し眉を寄せる程度で振り払うこともしない。


「わかったわかった、離すよ」


何を考えているのか、あっさりと解放したと同時に、城坂くんも手を離してわたしを引き寄せた。


「城坂く……」

「黙ってろ」


小さな声は届く前に遮られて、城坂くんの肩に顔を埋める。

震えが止まらなかった。

つかまれていた腕は痛いし、怖くてたまらない。


「なに、おまえ、名前忘れられてんの?」

「もういいだろ」


相手をする気はないようで、城坂くんは力の抜けたわたしを支えながら公園を出ていこうとする。

気遣わしげに、大丈夫か、と聞かれて小さく頷く。

城坂くんの腕を支えに、自分で歩こうと少し離れたとき、ふと視界の端に人の姿を捉える。


「しっ……」


城坂くん、と呼ぶ間もなかった。


簡単に見過ごしてもらえるなんておかしい、と気付いたときには、遅くて。

背中に受けるはずだった衝撃は咄嗟に城坂くんが庇ってくれる。

防護柵に体を打ちつけて倒れ込んだのはアスファルトの上で、擦り付けた体よりも一点に集中する痛みに呻く。


「千里、俺は、壊せって言ったろ」

「うるせえよ」

「いるじゃねえか」


倒れた千里に馬乗りになりながら交わされる会話は理解できないのに、言いながらわたしに向けられた目は、たまたまそこに向いたわけではなくて、わたしを示すために刺さるそれで。