この恋がきみをなぞるまで。



つかまれたのは右腕だから、無理にでも引き抜こうとするけれど全然力で敵わない。

そうしている間にも、騒ぎを見つけた数人がこちらに向かってくる。


顔を俯けて、固く目を閉じる。

ざり、と砂を踏む音が聞こえたかと思うと、冷たくてかたいざらついた手が躊躇なく顎に触れて顔を持ち上げられる。


「あー……そうだな、この顔。よく覚えてる」

「あのときの」


他の誰のこともわからないけれど、この人だけは知っている。覚えている。

だって、この人のことを、わたしは。


「殴ってくれたもんなあ」


その声に全身が冷たくなって、震え出す。

いつの間にかわたしを捕らえていた手は解けて、顎をつかまれた手だけ。

走り出せば、どこでもいいから逃げ込めばいいと思うのに足が動かない。


「痛かったからよく覚えてる」

「あれ、は、あなたが先に手を出したから」

「お前は割り込んできたんだろ」


この場所で、この人と取り巻きに囲まれていた城坂くんを庇った。

城坂くんがどんな理由で目をつけられたのかはわからないけれど、毎日違う怪我をしてくる様子を見ていられなくて追いかけた先がここだった。

明らかに行き過ぎた行動を咄嗟に庇おうとして、この人に拳をぶつけたこと、今でも覚えてる。


皮膚と皮膚の境界を越えて、骨と骨のぶつかる音。

逃げ去ったあとにこちらが悪者にされて、お父さんと謝りに行ったこと、そのあとのお父さんは手がつけられなかったことも、鮮明に、覚えてる。