装飾品の一つもない殺風景な自分の部屋に戻ると学生カバンを定位置に置き、制服を脱いでハンガーに掛けた。

 楽、今日もかっこいい…。

アイボリーのパーカーにブラックデニムといったシンプルな服装。だがスタイルの良い楽が着ると読者モデルとして雑誌に載っていそうだった。

幼いころ、同学年の男子が色白で小柄な一葉のことをよく幽霊みたいだ。と揶揄っていじめていた。そんな時にいつもタイミングよく助けに来てくれたのが楽であり、「困ったことがあれば直ぐに俺を呼べ。」と言っていつも気にかけてくれていたのだ。
内気な一葉は誰にも助けを求められず、耐える事しかできなかったので何度も助けに来てくれる楽が魔王の城からお姫様を助けい来る王子様の様に写っていた。そんな楽がどんどんイケメンに成長したのだから恋にならないわけがない。
平日の夕食当番だって本当は嫌だったが、実は楽の為に頑張っているようなものだった。

 鶏のから揚げって楽の好物じゃん。頑張って作らなきゃ♪

兄のお下がりのネルシャツの袖をまくり、姉のお下がりのスキニーのデニムを履いた。
その時、『トントン』と一葉の部屋のドアがノックされた。

「一葉、入るよ?」

ガチャリとドアが開かれ、楽が顔を覗かせる。

「ちょっと!返事する前にドア開けないでよ!今、着替えてたんだから!!」

「はっ?見られて困るようなもんついてねーだろ…?」

「バッ…バカじゃないの!?これでも女子ですからっ!!」

「……ふーん。」

楽はつま先から頭の天辺までゆっくりと視線を動かし鼻で笑った。

「俺が知ってる女子とはだいぶ違うけど??」

ニヤっとする表情が一葉をイライラさせた。

 どうせ胸もないし、女の子らしくもない…。お姉ちゃんとは違い過ぎる…。

「うるさいなー。そんなこと言うなら私の部屋来ないでずっとお姉ちゃんと居ればイイじゃん!」

「あ、そんな口きいていいのか?お前の好きなゲームの試作持ってきたんだけどなー…。」

楽はゲームデータの入ったSDカードをちらつかせて見せた。

楽の兄である喜と一葉の兄の一樹は大手のシステム開発会社に就職したのちに二人で起業し、そこで軽い気持ちで売り出したゲームが大ヒットした。大学で情報処理を専攻する楽はバイトSEとして雇われており、専門ではないがゲームのテストを行うためSDカードにデータを落として持ってきたのだった。
半分作り手側の立場に立つ楽には気づかない不具合を一葉に見つけさせるために、こうやって時々ゲームデータを持って来る。一葉からすれば大好きなゲームをしながら想いを寄せる楽と一緒に過ごせるという至福の時なのだ。

「えっ!それってもしかして『チョコボンクラッシュ3(スリー)』!?」

「そうだ。来月発売予定のやつだ。」

楽の顔がドヤ顔に変わる。

昨年、兄たちの会社Y&K(ワイアンドケー)グローバルから『チョコボンクラッシュ』というゲームが携帯型ゲーム機用に発売された。マカロンちゃんという女の子キャラとウサ親父というウサギとハゲ親父を合体させたゆるキャラのコンビがチョコレートの砲弾で敵陣を攻めていくアクションゲームだ。よくあるゲームだが、マカロンちゃんをアシストするウサ親父のキャラがなぜか子どもたちに流行り、ハロウィンシーズンではウサ親父のぬいぐるみを片手にマカロンちゃんのコスプレをするのがSNSでバズるという相乗効果によりあっという間に2作目が発売されたのだった。その人気をキープしつつこの勢いで今年のクリスマス商戦に向けて3作品目をリリースする予定になったのだ。

3(スリー)はマカロンちゃんの髪型や服装をカスタマイズしてオリジナルのマカロンちゃんで戦えるらしいぞ。」

「マジでっ!?やりたい!!」

 オリジナルのマカロンちゃんなんて最高!!

「俺、晩飯の鶏のから揚げ好きなんだけどなぁー…。」

「分かった!楽のから揚げ大盛にする!!タルタルソースもつけてあげる!!」

「よし、それで手を打ってやる。一緒にプレイするなら、さっさと晩飯作れっ」

楽は一葉に微笑むと彼女の頭をポンポンと撫でてからSDカードを渡した。