7月に入った。七瀬が専務秘書となって、ひと月が経とうとしていた。ただでさえ勝手がわからない秘書稼業で、主である氷室専務に振り回されるような日々。


(激動の1ヶ月だったな・・・。)


デスクの上のカレンダ-に目をやりながら、そんな感慨を覚えていると、目の前のデスクホンが鳴り、七瀬は急いで席を立つ。ノックをして、専務執務室に入ると


「お呼びでしょうか?」


と尋ねる。


「先日頼んだ資料は出来たか?」


専務に問われ


「はい。今、ご覧になりますか?」


「うん、頼む。」


「お待ちください。」


指示を受けて、七瀬はデスクに戻り、指定の資料を取り出し、専務のもとに戻る。


「分析につきましては、一部私の判断も加えています。」


七瀬がそう言いながら、ペーパ-を差し出すと


「結構だ。目を通しておくから、その間に社長室にアポを取ってくれ。急遽だが、どうしても今日中にお目に掛かりたいんだ。」


「かしこまりました、では失礼します。」


再びデスクに戻るとすぐに社長室に連絡を入れる。そして、向こうからの返答を持って、再び執務室へ。


「社長は今日はスケジュ-ルがいっぱいだそうですが、昼食時に10分程度でよければとのことでした。」


「わかった。何時に伺えばいいか、具体的に指示して下さるように、お願いしてくれ。」


「かしこまりました。」


下がろうとする七瀬に


「七瀬。」


専務が呼び掛けて来る。


「このペ-パ-だが、相変わらずよく出来ている。だが最初の項目に関するお前の分析には同意だが、もう一つのはちょっとな。もう少し考えてみろ。」


「わかりました、少しお時間を下さい。」


「ああ。」


一礼して下がって行く七瀬の後ろ姿を、少し眺めていた氷室は、また手元のペーパ-に目を落とした。


一方の七瀬は


(やっぱり、専務のお気には召さなかったか・・・。)


デスクに戻りながら考えていた。一応作成しては見たものの、実は七瀬自身、あまり自信がなかったのだ。


資料作りは秘書の仕事だが、氷室からはその際、必ず七瀬の意見や判断を添付するように求められていた。


「俺の立場というか、専務になったつもりで考えろ。」


氷室に言われ


(無茶言うよな・・・。)


七瀬は正直に思っている。