季節はGWが過ぎ、梅雨を迎える前に、暑さが徐々に本格化しようとしている時期を迎えていた。


七瀬は相変わらず、優秀なビジネスマンとしてのいつもの姿を、オフィスで、そして外出先で見せていた。そしてその傍らには田中が、まるでお付きの人のように付き従っていることが多かった、のだが・・・。


「何度言ったらわかるの?」


この日も、取引先から戻り、席に落ち着いた途端、七瀬のダメ出しが始まった。彼女の指摘、指導は時に厳しく、時に・・・やっぱり厳しく。直立不動で自分の前に立つ田中に対して、容赦のない言葉を浴びせて行く。


「何度も同じミスをする田中くんも確かに悪いんだけど、あそこまでいろいろ言われたら、ますます委縮しちゃうだけだよね。」


「というより、田中に対して、最近特に厳しくねぇか?なんか目の敵にしてるようにしか見えないんだが。」


「仲の悪い若林さんの教え子みたいな存在だからね。よけいに気に食わないんじゃない?」


「ちっちぇ奴だな。」


うんざりしながら、その様子を眺めていた課員たちは、ブツブツ小声で文句を言っていたが、やがてさんざんにやり込められたあと、ようやく解放された田中が、顔面蒼白で席に戻るのを見て、今度は哀れみや同情の表情を浮かべる。そんな周囲の空気など知らぬ気に、自分の仕事に戻った七瀬は少しすると


土屋(つちや)さん、この件の進捗状況はどうなってるんですか?全然報告がないんですけど。」


別の部下に声を掛け、呼び掛けられた土屋が途端にあたふたし出すのを見て、課員たちは慌てて、パソコンに目を落とした。そんな中、若林はそっと田中に近付くと


「おい、大丈夫か?」


「は、はい・・・。」


引きつったような表情で頷いた田中に


「もう少しの辛抱だからな。」


と囁く。えっと言う表情を浮かべた田中に、ニヤリと笑って見せると、若林は彼の肩をポンと1つ叩いて、離れて行った。


七瀬に対する反発は高まるばかりではあったが、それでも月末の営業成績の集計では、当たり前のように、彼女の名前がトップにあった。


「結局、ビジネスの世界じゃ、数字が全てだからな。」


「この主任の成績の前には、課長も係長も結局、何も言えませんよね・・・。」


「これからもあの女の、やりたい放題だよ。」


「あ~あ、それならいっそ出世でもしてもらって、早くここからいなくなってくれないかなぁ。」


そんなこと言い合いながら、課員たちはため息をつく。こんな日々が、これからもまだしばらく続いて行くことになるのだろう・・・誰もがそう思っていた。