七瀬は入社4年目にして、営業部第二課主任を務めるいわゆるバリキャリ。その容姿は、可愛らしさを感じさせ、言葉遣いも女性らしい柔らかなものだが、それに似合わぬ厳しい雰囲気を纏って、仕事には妥協がない。


この日も、田中だけでなく、他にも何人かの社員たちが、七瀬から厳しい指摘を受け、ダメ出しを受けていた。部下に対する指導、指摘は容赦がなく、特に男性社員への当たりはきつく、「男嫌い」が定説となっている。かといって女性社員にも特に優しいわけでもなく、結局周囲からは敬遠されている。


七瀬にやり込められた後、田中がずっとパソコンの前で唸っているうちに、定時が近付いて来た。外回りに出ていた社員たちが続々と帰社して来て、主任である七瀬に報告を行う。彼らの中には、七瀬より年齢もキャリアも上の者がいるのだが、その表情は一様に緊張していて、そんな先輩部下たちに対して、七瀬は敬語は使ってはいるが、その言葉の内容は厳しかった。


その後、自分との会話を終えた部下たちが、自席に戻って意気消沈している姿も、定時を知らせるチャイムが鳴っても、全く意に介す様子もなくしばらく業務を続けていた七瀬だったが、1時間ほどでパソコンを閉じるとツカツカと田中の席に近寄った。


「田中くん。」


「は、はい。」


突然呼び掛けられて、ビクッとしたように自分を見る田中に


「どう、進捗状況は?」


七瀬は尋ねる。


「はい、なんとか・・・。」


「別に1人で悩まなくてもいいんだからね。わからないことがあったら、遠慮なく相談して。」


「はい・・・。」


「じゃ、今日はお先に。君もいつまでも残ってないで、また明日にしなさい。」


と言って、田中の側を離れた七瀬は、そのまま帰り支度をしている係長に近付くと


「例によって、若林(わかばやし)くんがまだ戻ってないようですが、今日はこれで失礼します。明日は朝一で取引先とのアポがありますから、直行させていただきます、戻るのは11時半くらいになると思いますので、よろしくお願いします。」


「わかりました、お疲れ様。」


報告を受けて、なぜか敬語で答える上司に一礼すると


「それじゃ、お先に。」


周囲にも声を掛けて、オフィスから姿を消した。その途端、なにやらホッとしたような空気が流れ、他の社員たちも帰り支度を始める。