次の日。家を出た七瀬が向かったのは、大和の病院ではなかった。それから遡ること数時間前、ほとんど一睡も出来ずに朝を迎えた彼女は、意を決して、スマホを手にした。呼び出し音が鳴ること5回、相手が出た。


『もしもし。』


「おはようございます。朝早くに申し訳ありません。」


『どうした、何かあったのか?』


突然の休日朝の七瀬からの電話に、圭吾は大和の容態に変化が起きたのか、あるいはなにか仕事上のトラブルでも発生したのかと身構えるが


「急で申し訳ございませんが、もしよろしければ、今日か明日に、お目に掛かれませんか?」


とこれまた予想もしてなかった言葉が耳に入って来る。


『どういうことだ?』


思わず問い返すと


「勝手なことばかり申し上げますが、どうしても直接お目に掛かって、お話ししたいことがあるんです。」


訴えるような声で七瀬は言って来るから


『電話じゃダメなのか?』


思わず言ってしまうと


「はい。」


という答えが返って来る。


『わかった。今日の午後でいいか?』


「はい、ありがとうございます。」


スマホの向こうで、七瀬が頭を下げている気配が伝わって来る。


『待ち合わせ場所と時間は決めさせてもらっていいか。』


「はい。」


『じゃ、1時に会社だ。』


「えっ、会社ですか?」


『いつもの地下パーキングで待ってる。ちょうど、社に忘れ物を取りに行くつもりだったからな。今日は休日だから、人目にはつかんだろうし、お前との待ち合わせなら、あそこが一番スム-ズだろう。』


「わかりました。」


こうして、通い慣れた経路をたどった七瀬が時間通りに、駐車場に入ると、見慣れた車の運転席で、圭吾が手を挙げている。


「お待たせいたしました。」


小走りに駆け寄り、助手席に乗り込んだ七瀬がちょこんと頭を下げると


「さすが時間通りだな。」


と言うや、彼女を抱き寄せ、そのまま口付ける。突然のことで、目を閉じる間もないまま固まっている七瀬を、しかしすぐに解放すると


「行こうか。」


車をスタ-トさせる圭吾。そして屋外に出ると


「何か食べるか?」


と尋ねるが


「いえ、大丈夫です。」


緊張の面持ちで七瀬は首を振った。