デスクの上を片付け、副社長室を出た七瀬が、秘書課のオフィスに入って行くと


「お待たせ。」


と後ろから圭吾から声を掛かる。


「はい。課長、本日はこれで失礼します。」


頷いた七瀬は秘書課長に挨拶すると、圭吾に付いて歩き出す。


「お疲れ様。」


そう答えて七瀬を、いや七瀬たちを見送る秘書課長の表情は微笑ましげであった。


エレベ-タ-で1Fまで降り、受付で退勤手続きを済ませた2人は、そのまま地下の駐車場まで、肩を並べて向かうと、一緒の車に乗り込み、そして走り去って行った。その様子は、いやでも社員たち耳目を集めてしまう。


これまであまり女性の影を周囲に感じさせなかった社の御曹司の側に、彗星のごとく現れた秘書を副社長は人前でも仕事中でも躊躇いなく「七瀬」と呼び捨てにし、親愛の情を隠そうとはしない。そして仕事が終えた2人が、今日のように一緒に退勤して行く様子は何度も目撃されている。周囲が2人の仲を「付き合っている恋人同士」と思うのは、むしろ当然であったかもしれない。


この日、ふたりが向かったのは、夜景の綺麗なレストラン・・・ではなく、女子が好みそうなヘルシ-メニュ-がメインのカフェレストランだった。


席に着き、オーダ-を済ませ、改めて向かい合ったふたり。


「連れて来ていただく度に思うんですけど、ここのお料理は美味しいんですけど、男性には少し物足りないですよね。」


申し訳なさそうに七瀬が言うと


「そんなことないよ。それに、ここに来る時がお前が一番嬉しそうだからな。」


圭吾が笑顔で返す。


「すみません、ありがとうございます。有機野菜が食べ放題なのが、とにかく嬉しくて。」


「初めて一緒に行った焼肉屋での食いっぷりからは、考えられない発言だな。」


「氷室さん!」


揶揄うような圭吾の言葉に、少し膨れ気味に七瀬は彼を見る。


「冗談だよ。じゃ早速、七瀬お気に入りのサラダを取りに行くか。」


「あ、私が取って来ますから、氷室さんは座ってて下さい。」


そう言って、七瀬は席を立った。