「七瀬も聞いたはずだ。2年後に俺に社長を譲って、自分は完全に引退する。それが親父の意向だ。親父がそう言ってる以上、俺もその期待に応えなきゃならない。正直、俺自身世襲に対する面映ゆさを感じていたのは事実だが、もうそんな甘ったれたことを言ってる場合じゃないし、いつまでも年上の幹部たちに遠慮しているわけにはいかない。そうだろう?」


「はい。」


自分の言葉に頷いた七瀬の頭を、氷室はまるでよしよしと言わんばかりに、ポンポンと撫でた。


(えっ・・・。)


その思わぬ仕種に、驚いたように七瀬は彼を見上げるが


「じゃ、副社長たちとの会食に行って来るからな。」


何事もなかったように、彼はそう言うと、部屋を出て行った。


(頭、ポンポンされちゃった・・・。)


まさか執務室で、上司からそんなことをされるとは夢にも思わず、少しの間、茫然と固まっていた七瀬だったが、気を取り直して、昼食を摂りに社食に降りると副社長秘書の後藤田と鉢合わせした。


「今朝はご迷惑をお掛けしました。」


七瀬が今朝の急なスケジュ-ル変更を詫びると


「いや、あの件は専務から直接、副社長に話が行ったみたいで、こうなったからと言われて、そうですかってこちらとしては答えるだけだったからな。」


と笑ったあと


「で、一体なにがあったんだい?」


後藤田は問い掛けてくる。


「それが、私もこうしたからと出勤してから言われただけで・・・。」


まさか「今夜は俺に付き合え。」と強引に言い渡されてるとも言えず、七瀬が言葉を濁すと


「そうなんだ。専務にとっては、よほど重要な用事がお出来になったんだろう。」


後藤田はそう言って笑うが


(専務にとって、今夜私を誘うことが、そんな重要事項とはとても思えないけど・・・。)


七瀬は内心、首をひねった。


食事を終え、オフィスに戻った七瀬は、思い立ったようにスマホを取り出す。今夜、誕生会第二弾をしてもらうことになっていた沙耶に、キャンセルの連絡をしなければならないのを思い出したからだ。


急にプライベ-トにまで口を出して来た氷室の態度が解せず、そんな指示には従えないと言うべきなのだろうが、なんとなくそれも言い出しかねて、仕方なく「突然の仕事が入ったので、また後日にお願い」とLINEを入れながら


(ごめんね、沙耶・・・。)


心の中で親友に詫びた七瀬は、気を取り直して、業務に頭を切り替えた。