「氷室家ゴットマザ-か・・・。」


ポツンと呟くように言う澤崎に


「ゴットマザ-?」


七瀬は聞き返す。


「ああ。氷室のお婆ちゃん、つまり社長のお母さんのことだ。女手1つで社長を育て上げただけでなく、多忙のご両親に代わって、氷室もお婆ちゃんに育てられたようなもの。僕は直接お目に掛かったことはないが、社長も氷室もいまだに頭が上がらない、大変な女傑と聞いている。」


「そうなんですか・・・。」


「だから、アイツが泡食って飛び出して行くのも無理はないんだが・・・。」


複雑そうな声を出す澤崎に


「どうかなさったんですか?」


七瀬は尋ねる。


「本当は今日はこの後、僕と飯を食う約束をしてたんだ。」


「そうなんですか?」


「ゴッドマザ-からの、突然の直々のご招待に、僕との約束なんてすっかり飛んじまったんだろう。」


澤崎は苦笑いしている。


「それは・・・申し訳ございませんでした。」


思わず頭を下げた七瀬に


「藤堂さんが頭を下げることじゃないよ。でも、アイツはああ見えて、意外にポンコツなところがあるからなぁ。」


澤崎はそう言って笑ったあと


「そんなアイツのバディになって、君も苦労してるんじゃないか?」


表情を改めて、七瀬に尋ねる。


「正直、自分には荷が重いっていう気持ちはあります。」


七瀬は答えたが、続けて


「でも、自分なりに必死に考えて、ぶつかっていけば、専務は真摯に向き合い、応えてくれます。時には教えを被って、時にはディスカッションして、時には生意気にも自分の考えを、専務に押し付けようとしたこともあります。そうやって行きながら、お互いを高め合って行く。そういう関係が専務が『バディ』として、私に望んでいることなのだと今は理解しています。だから・・・プレッシャ-も戸惑いもありますけど、やり甲斐を覚えて来ていることも確か、です。」


そう言って、真っすぐに澤崎を見た。その視線を受け止めた澤崎は


「そうか・・・やっぱり君に氷室の秘書になってもらったのは、間違いじゃなかったな。」


と頷いて見せる。


「藤堂さん、実は君を理子の後任に推薦したのは僕なんだ。」


「えっ?」


「僕は人事部次長として、専務の期待に十分応えられたと確信出来たよ。そして奴の友人としても、ね。」


「澤崎さん・・・。」


意味深な笑顔を浮かべる澤崎を見ながら、七瀬の思いは複雑だった。