「いくらアイザックでも、ラティの視線を釘付けにするのは許せないな」

 途端にフィル様が氷のように冷たい視線をアイザック様へと向ける。普段穏やかな微笑みを浮かべるフィル様からは、想像できないほど冷酷な笑みだった。

「っ! 申し訳ございません。ラティシア様、どうか我が主人の心と身体を全力で治療してください」

 ほんの一瞬で味方がいなくなった。いや、そもそもアイザック様はフィル様の補佐なのだから、最初から私の味方ではなかった。完全にアウェイだ。

 こうなれば、やはりあえて三大公爵の不興を買って婚約者に相応しくないと認めてもらうしかない。
 罪にだけは問われない程度に失礼なことをすれば、最悪専属治癒士をクビになるくらいで済むだろうか? もし、うっかり国外追放されればラッキーだ。この腹黒王太子から逃げられる。

 ニコニコと機嫌よく微笑んでいるフィル様に、アルカイックスマイルを返して本業に取り掛かることにした。

 朝の健康状態をチェックして、昨夜と変わりないか、疲れは残っていないかなどを確認する。
 毒を盛られたこともあったから、わずかな変化も見逃さないように瞳孔の開き具合までしっかりと診た。