「これは……想像以上だね」
「お待たせいたしました。これ以上ないくらいの仕上がりかと存じます」
「うん、実にいい仕事をしてくれた。ありがとう」

 フィルレス殿下が執務机から立ち上がり、私の前に立つ。

 その顔にいつもの怜悧さはなく、ハチミツのように甘い微笑みを浮かべていた。しかもフィルレス殿下も衣装を着替えている。

 光沢のあるシルバーの生地には濃いめの銀糸で繊細な刺繍が施され、羽織るマントは紫のグラデーションが品よくフィルレス殿下を飾っている。まるでパーティーに参加するみたいに華やかだ。

「ラティシア、とても素敵だ。では、行こうか」
「お待ちください、どちらに行かれるのですか? 私はこの格好で王城を歩き回るのですか?」
「そうだね。専属治癒士だから僕が公務をこなす時もついてきてくれるよね?」
「確かに、私の仕事ですからどこへでもお供いたします。ですが、この格好では業務に支障が出てしまいます」

 こんなひらひらしたドレスでは緊急時に素早く動けない。なにより万が一ドレスやアクセサリーを破損させたら、私のお給金では弁償しきれない。

「これから向かう場所は、このドレスを着たままついてきてくれ。これも業務命令だ」
「……かしこまりました」

 業務命令だというなら仕方ない。細心の注意を払って、ドレスとアクセサリーを死守しなければ。最悪破損させてしまったら、誠心誠意謝罪して一生をかけて分割で弁償しよう。

 そうしてフィルレス殿下にエスコートされてやってきたのは、あの婚約破棄騒動のあった夜会の大広間だった。