「ふふっ、違うよ。今日はラティの領地の視察といったところだ。お忍びだから気遣いも不要だよ。一泊していくから、部屋と明日の朝食の用意だけお願いできるかな?」
「はい、屋敷で一番いい部屋をご用意いたします! 朝食もお任せください! はあ、てっきり怒られるのかと思って肝が冷えました……」
「怒ったりなんてしないわ。リードさんが誠心誠意、この領地のために尽くしてくれているのはわかっているもの」
「ラティシア様……! なんと懐の深い領主様だ! 私は、この地をもっともっと発展させると誓います!!」
「ラティが人たらしすぎてヤバい……」

 フィル様の呟きは聞き取れなかったけれど、早速、視察に出かけることにした。
 ここはカールセンの領地だから、案内人は私だ。フィル様の手を引き、今度はフェンリルに乗って野を駆ける。山に囲まれ自然あふれるこの地では、フェンリルの機動力が十二分に発揮された。

 近隣の街を回って腹ごしらえをして、山の中へと向かう。山には魔物が出るのだけど、フェンリルを前にして牙を剥く愚者はいなかった。

 ここも以前と変わらず、木々が生い茂り山の恵みを民に分け与えて、暮らしを潤している。魔物は近寄ってこなかったので判断が難しいけど、街の人々はみんな笑顔を浮かべていたから問題なさそうだ。