「フィル様?」
「うん? あれ、ラティ? 早く口付けしてくれる?」
「……はい?」

 どういうことだろう?
 愛の言葉とともに口付けをすればいいはずなのに、フィル様は不思議そうに首を傾げた。

「え、だって、ラティが『口付けする』って言ったよね?」
「はい、言いました」
「だから僕は()()()()()口付けしてくれるのを待っていたのだけど?」

 黒い笑顔を浮かべたフィル様が、意味のわからないことを楽しそうに話している。

「私から口付け? いったいどういう……あああああっ! そういうことですか!?」
「うん、そういうこと。やけに積極的だなと思ったけど、まさか今更勘違いだなんて言わないよね?」

 フィル様は()()口付けすると言ったから、私から行動を起こせと言っているのだ。

 なんという墓穴っ……!! だからフィル様は私が発言を撤回する前に、その言葉の意味を理解する前に素早く約束を取り付けたのだ。

「ラティ、ほら。僕はいつでもいいよ」

 そう言って目を閉じたフィル様が美形すぎて、ときめいてしまう自分が余計悔しい。

 これも臣下であるアイザック様と、この国の民のためと、湧き上がる羞恥心をなんとか抑え込む。

 ああ、この考え方、妃教育が身についてきたなと考えながら、そっと触れるだけのキスをした。


 その後、フィル様に「足りない」と言われ、貪られるように深い口付けを受ける羽目になった。

 王太子妃は、国母となるべく身も心も捧げよ。
 そう教本に書かれた言葉が、頭の中でぐるぐると回っていた。