「そんなもの——」

 皇太子の言葉を最後まで聞くことなく、私は涙を拭いバハムートの背中に乗る。フェンリルも一緒だ。これでこの国とはお別れだ。なんてことはない、他国で生きていくと前に覚悟したのだから。
 銀翼が大きく動き空気を捉えた。やがてふわりと浮かんで、その巨体が宙に舞う。

「ラティ!!」

 バハムートがさらに高度を上げようと翼をはためかせたところで、大好きな人の声が耳に届いた。
 もう城の屋根ほどまで飛んでいるのに、その声は私の心を掴んで引き戻す。

「バハムート、フェンリル。今すぐ戻れ」
《主人!》
《うあ、やべえ……》

 主人の地の底を這うような声に、逆らうことなどできないのだろう。バハムートは静かに地上に足を着けた。
 私たちを取り巻く風が落ち着くと、フィル様がそっと近寄り私をバハムートから下ろしてくれる。なにも言わないフィル様が初めてで、少し戸惑った。

 そこへ、フィル様を追ってきたエルビーナ様が姿を現す。そしてバハムートとフェンリルを目にして、皇太子と同じように腰を抜かした。

「フィルレス様、お待ちになって——いやああああ!! ま、魔物おおお!!」

 フィル様はエルビーナ様へは視線を向けることなく、皇太子を見据えている。私を背中に隠したと思ったら、今まで感じたことがないほど、すべてを凍てつかせるような魔力を放った。