「こんな田舎の小国に来て差し上げたのに、たかだか第二王子の婚約者が決まったからなんだというの! わたくしはもう限界よっ! 帝国に帰ります!!」

 キンキンと頭が痛くなる声で喚いている内容がひどい。仮にもこの国の王子の婚約のお披露目なのだ。夜会への参加は当然のものだろう。

 それに、さまざまな公務に出席して貴族たちと親交を深めようとしていると聞いていたけど、違ったのだろうか。
 こんなことをしては反感を買うだけだと思うのだけど。

「……そうですか、承知しました。父には私から報告いたしましょう。皇帝陛下には——」

「貴方如きがそれを心配する必要はございませんわ! それでは、わたくしはこれで失礼いたします!!」

 エルヴィーナ皇女はドカドカと大きな足音を立てて会場から去っていく。残されたフィルレス殿下は深いため息を吐いた。

 凍りついた空気に、会場内はまるで時間が止まったかのようだ。息すら呑み込んで誰も動くことができない。

「いやあ、見事に振られてしまったね。皆は気にせず食事や酒を楽しんでくれ。場をしらけさせたお詫びに、後で秘蔵のワインを届けさせよう」

 フィルレス殿下はケロリとした様子で、爽やかな笑顔を浮かべたまま会場を後にした。残されたパーティー参加者は、ホッと息をついて談笑したりワインを楽しんだりしはじめた。
 本日の主役である第二王子のアルテミオ殿下も、婚約者を引き連れて挨拶を受けている。

 だけど私は会場が賑わっていく中で、封じ込めたはずの記憶があふれてきた。嫌な音を立てて激しく鼓動する心臓の音だけが、私の耳にはっきりと届いていた——