「——貴方とは婚約破棄いたしますわ!」

 目の前で繰り広げられる光景が、心の奥底に仕舞い込んでいた記憶を呼びさます。

 私が人生に絶望した瞬間。
 突き刺さる大勢の視線、嘲りと侮蔑の笑い声、彼の腕に絡みつく細腕と優越感を隠しもしない歪んだ微笑み。

 あの時の私と同じ立場にいるのは、凛とした佇まいを崩さないこの国の王太子殿下だ。



 この日、王城のパーティー会場では第二王子の婚約披露の夜会が開かれていた。宮廷治癒士として勤務する私、ラティシア・カールセンは不測の事態に備え白衣姿で会場の隅で待機している。

 時間になり王族が入場して、挨拶も終わり乾杯を済ませた直後のことだ。
 穏やかなざわめきを切り裂くように、甲高い声が会場中に響き渡った。


「わたくしもう耐えられませんわ! フィルレス様との婚約は破棄させていただきますっ!!」


 静まり返る会場などまったく気にすることもなく、ピンクブロンドのツヤツヤの髪を揺らして激昂している美女がいた。

 人形のような美しい顔を歪ませ、翡翠の如しと称賛された瞳は挨拶を終えたばかりのフィルレス殿下を睨みつけている。
 三カ月前に王太子であるフィルレス殿下と婚約が決まった、アトランカ大帝国の第一皇女エルビーナ様だ。

「聞いていらっしゃいますの!? 貴方との婚約をこの場で破棄すると言っているのよ!!」

 歴代の王族の中でも特に優秀で、思慮深く公明正大だと評判の高いフィルレス殿下は、見たことがないほどの無表情で冷めた視線をエルビーナに向けている。