「これ、ありがとう」

青年は口角を上げてニコリと微笑んでいたが、目は笑っていない。

こっちを光のない目でじっと見ている。

僕も真似るように見つめ返した。

不思議と、吸い込まれそうだ。



相手は殺人犯なのに何故だろうか?

わからない。わからない。




半分くらい飲み干したペットボトルが返ってくる。

僕がそれに手を近づけた瞬間、人間とは思えない強い力で右手を握りしめてきた。

しかも両手で。

思わず変な声が漏れる。



目をつぶってことを穏便に済ませようとしたら、ビリビリという音が聞こえてきた。

どうやらサングラスをかけた看守の方が、電気棒で囚人に電撃をお見舞いさせたようだ。

彼は痛そうに目を瞑り、握っていたペットボトルを落下させる。

看守の二人が、臆病者の僕にアドバイスをくれた。



「油断するなよ。ここでは命取りだ。ほら、落としたペットボトルだ」

「は、はい……ありがとうございます」


ペットボトルを受け取って、お辞儀した。

そんなに畏まるなと言われたが、日本ではしないと変な目で見られる。

あの頃の癖が唐突に出てしまった。

働く場所は日本じゃないんだ。


「腕を捕まれたくらいでビビってるようじゃ、囚人に舐められるぞ。もっと堂々としろ。いいな?」

「は、はい……分かってます」

図星だった。

僕は臆病なんだ。

看守なんて向いてないのでは?と思ってしまう。



目線を下げて、落胆する素振りを見せた。

金髪の看守は、肩を叩いて励ますと共にこんなことも話しかけてくる。

「お前、英語は話せるみたいだな。感心するよ」

「昔から英語を勉強するのが好きでしたから」



高校の時からCDを聴きながら自分で話し、話した内容を書くという動作をしていた。

それで身についたのか、自然と話せるようになっていた。

やはり書いて覚えるより、話して覚えるほうが効率は何十倍もいいと思う。

今では普通の日本人より喋れるようになった。



「よし、後少しで着く。寝てるか窓の外でも見てろ」

金髪看守がそう言うと、彼は目を閉じて眠りについた。

僕は引き続き、窓をじっと眺める。

どこまでも続く広大なオレンジ色の海が見えた。