「お兄さん、どこまで行く?」

「えっと……はぁ、はぁ……地下一階まで」

「そう」


低くて透き通った声で問いかけられ、思わず答えた。

男の低い声で、しかも聞いたことのある声帯。

ぼんやりとした頭で考えたら、全く思い出せない。


ジョナサンか、もしくはサングラスの看守だろうか?

うーん、どっちも違う気がするな。




彼はその言葉をそのまま受け取り、『R1』のボタンを押す。

エレベーターは上へ移動を始めた。

助けてくれた人に明るく振る舞う。


「ありがとう、助かったよ!」


声の方に視線を向けると、オレンジ色の服を着た囚人が立っていた。

壁で隠れて見えにくいが、右腕の服の袖に酸化した赤黒い血がついている。

髪は白くてサラサラしており、首から少し汗が垂れて髪が湿っていた。



彼はこちらの方を向き、血のついた腕のほうを差し向けてくる。

思わず身構えしまった。


「囚人番号403336くん!?」

怯えながらそう言ったら、彼は犯罪を犯したとは思えない純粋な笑みを振り撒いてきた。

しかもこんな狭いエレベーターの中だ。

争いになれば、力の弱い自分が確実に死んでしまう。

「やあ、また会ったね。ところでさ、囚人番号で呼ぶのやめよう」

いきなりまともなことを提案されて、目が点になってしまう。

人間を惨殺した犯罪者……だよな?



「俺アルマっていうんだ。アンタの名前は?」

相手は興味津々に尋ねてくるものの、僕は答えない。

袖に付着した黒ずみと成り果てた血痕を見て恐怖を覚え、握手の手から一歩下がった。


先ほどの様子から察して、看守の血液だろう。

自分も彼に殺されるのでは?と思うのも当然。

顔から血の気が引いてしまう。

名前など教えても、殺されるだけ。

無意味だ。



「あ……あの、僕のこと殺しませんよね?」

震えた声でそう言うと、いきなり僕の頬を撫でてきた。

顔を上げたが、近すぎてよく表情が見えない。


愛想笑いを浮かべた直後、アルマがいきなり胸元から小型ナイフを取り出してきた。

短くて鋭い刃がこちらを向いている。

殺される!


四角い箱の隅で震えて縮こまっていれば、タイミングよくエレベーターの着く軽やかな音が響いた。

扉が開く。



よかった、死なないで済んだ。