まことに、将棋指しとはろくなものではないのです。
それを知ったのは一年ほど前。
高く澄んだ空の下を、こちらに嫁いできた日のことでした。

皆川言緒さん。
わたしより五つ年上の二十二歳で、お父さま亡きあと皆川材木店を継いだばかり。
欲をかかず値に見合う品を堅実に扱うので、代替わりしても客離れはしていないらしい。
おだやかな人柄で、趣味はお散歩と将棋。

母から告げられたわたしの『夫』は、そういう方でした。
祝言の間は目を伏せていたので、お顔はわかりませんでしたが、やわらかな声に胸をなでおろしたことを覚えています。

祝宴を終えて、わたしは真あたらしい布団のそばで、今日夫となったひとを待っていました。
覚悟は決めたつもりでしたが指先が冷え、握ってもさすっても震えが止まりません。
そのうちに襖の開く音がして、わたしは身体をこわばらせたまま深く頭を下げました。

「ゆきと申します。ふつつか者ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」

声にも震えが混ざっておりました。
浅い呼吸をくり返すと、あたらしい畳の香りがします。

「今日は疲れましたね」

言緒さんの態度は、まるでお客さまに接するように丁寧なものでした。
明かりを引き寄せ、すぐ目の前に膝をついたので、わたしも顔を上げました。

はじめて正面から拝見したお顔は、正直に申し上げると、お芝居に出てくるような美青年ではありませんでした。
人混みにまぎれたらきっとわからない、有明行灯の明かりにさえ掻き消えてしまいそうな、これといった特徴のないお顔です。
背丈も人並み。
身体つきも人並み。
目立つところといえば、左耳の後ろの髪が少し跳ねていることくらいです。

明日から、この髪を直すことが、わたしの仕事なのだと思いました。
夏は朝の清らかなお水で、冬は鉄瓶から少し湯を差して手拭いを絞り、その髪にあてるのです。
十年後も、二十年後も。
花嫁衣装をまとってさえ現実味のなかった結婚が、いろを灯していくようでした。

ところが、「ゆっくり休んでください」と言って、言緒さんは隣の部屋へ行ってしまいました。
そっと閉められた襖の音が、何かを断つように鋭く胸を刺しました。