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白薔薇に別れを告げ、わたしたちはふたたび散歩に戻りました。

「ゆきは本当に薔薇が好きだね」

「はい。好きです」

あれから言緒さんは、ときどき『薔薇』を持ち帰るようになりました。
どうやら桃いろをしていて花弁が多い花は、すべて薔薇だと思っているようなのです。
いただいた花は、世間で『芍薬』や『ダァリヤ』など、別の名で呼ばれているものがほとんどでした。
また、今後は白菊や白百合なども『薔薇』に加わるかもしれません。
けれど、言緒さんが「薔薇だ」と、「妻が好きな花なのだ」と持ってきてくださるならば、なんであれ『薔薇』でよいのです。
おかげでわたしの毎日は、いつでも薔薇であふれています。

空を見上げているかに見えた言緒さんは、いつの間にかぼんやりしていました。
視線の先をアキアカネが飛んで行きましたが、目で追う容子もありません。
代わりにわたしが指を一本立ててみましたけれど、そっけなく行ってしまいました。

「残念。逃げられてしまいました」

話しかけてみても、案の定、草履が地を擦る音しか返ってきません。
こうなると、しばらくはこちらの世界に戻ってはこないのです。

「この将棋馬鹿。ばかばかばーか」

立て続けに悪態をついたあと、まだ平らなお腹をさすりました。

「この子の話は、またの機会かしら」

「できたの?」

将棋馬鹿は目を大きく開いて、しっかりとわたしを見下ろしていました。

「聞こえていたのですか?」

「いつだって聞いてる」

「だって何もおっしゃらないではありませんか」

「そうだったかな?」

「そうです!」

腹立ちまぎれに小石を踏みつけたとき、ふと気づきました。

「では、今までの悪口も全部聞いていらしたんですか?」

これまでつい口にした、数々の無礼が甦りましたが、言緒さんは興味なさそうに退けました。

「そんなことより、できたの? 子ども」

「……はい」

「へえ、子どもか」

思案するように宙を見て、「忙しくなるな」と言います。