「ちょっと、由井くん。起きてよ」

 すやすや寝ている由井くんを起こそうと、肩に手を伸ばす。けれど、わたしの手は、実体を持たない彼の身体をするりと通り抜けてしまった。

 ああ、そうか。触れないんだよね……。

 目の前に見えてはいるけど、なんの感触もない。

 そのことがひどく不思議で、わたしは眠っているから由井くんを見つめながら、何度も手のひらを閉じたり開いたりした。

 そうしているうちに、「うーん」と小さな唸り声が聞こえてきて、由井くんが目を覚ます。


「衣奈ちゃん、おはよう」

 わたしがそばにいることに気付くと、由井くんが、ふにゃりと幸せそうに寝起きの笑顔をみせた。

 昨日出会ったばかりなのに、わたしに完全に気を許しているような由井くんの笑顔に、ほんの少しドキッとする。

 わたしは由井くんに離れてもらいたいって思ってるのに。あんまり信用されたりなつかれたりするのは困るんだけどな……。