「大丈夫。今はわたしのことしか思い出せないから不安なだけで、他になにかもっと大事なことを思い出したら、わたしから離れられるよ」
「そうかな……。衣奈ちゃんより大事なことなんてないと思うけど……」
ボソリとつぶやく由井くんの表情は暗い。
「そんなことないよ。今は忘れてるかもしれないけど、家族とか、友達とか、あなたがわたしよりも大事に思ってた人が必ずいるはずだよ」
だってわたしは、由井くんと知り合いでもなんでもないはずなんだもん。
「そうかな……」
「そうだよ。あなたがどこの誰だったのか、わたしも一緒に手がかりを探るから」
疑心暗鬼な目をする由井くんを、明るい声で励ます。
「とりあえず……、あなたのことは由井くんって呼んでいいよね?」
本人はいまいちピンときていないらしい名前を呼ぶと、由井くんが困った顔で頷いた。