笑いかけてくる彼に手を振り返すことも忘れてたたずんでいると、彼がわたしのほうに向かって駆けてくる。
その途中で、反対方向から歩いてくる人を避けきれずにちょっとぶつかって、彼が「すみません……」と頭を下げる。
そんなあたりまえのことが嬉しくて、ツンと痛くなる鼻をマフラーの上から手で押さえた。
「会えてよかった。衣奈ちゃん、なかなか帰ってこないから、今日はもう会えないかなって思ってた」
わたしの前に立った彼が、今にも溶けてしまうんじゃないかと思うほど嬉しそうに、ふわっと笑う。
その笑顔が透明にぼやけて見えるのは、堪えようとしても溢れてくる涙のせいだ。
「もっと早く衣奈ちゃんに会いに来たかったんだけど……、時間がかかっちゃった。おれの目が覚めたあと、中条の親とか学校の先生とか、謝罪や面会したいって人たちがバタバタ病院に来たみたいで……。兄ちゃんが全部面会謝絶にして、しばらく父さんの知り合いのツテだっていう別の病院に転院させられてたんだ」
そう、だったんだ……。
彼の説明に、なにか言葉を返したいけど、胸がいっぱいで小さく頷くことしかできない。



