こうして付き合うことになった二人。しかし進学校のお嬢様の明日香と工業校のスポーツ男子の昴。すれ違いの交際が続いた。

そんな中。昴の所属するカバディの大会が行われることになった。三年生の昴は最後の大会。さらに競技人口が少ないため、いきなり全国大会である。

会場は関東の地元。明日香は友人の里奈を誘って彼の応援にやってきた。

「うわ?全然応援がいない」
「だってカバディでしょ?マイナーじゃん」

そんな里奈。なんと他のチームに知り合いの男子を発見した。

「明日香。私の事は気にせず昴先輩の応援していいからね」
「うん」

明日香はまず試合前の昴に挨拶しようと、選手がいる廊下に顔を出した。

「お、おはようございます」
「おう、来たか」

昴の隣、同級生の彗は明日香に笑みを見せた。

「明日香ちゃんだね。僕は主将で、彗《けい》って言います……あ。おい、みんな荷物はここじゃない?向こうだぞ」
「あの。彗先輩。そのシューズ、昴さんじゃないですか?それに、ポケットの財布が落ちそうです」

バタバタの男子チーム。聞けばマネージャーはいないという話。さらにメンバーはギリギリで、全員が試合に出ると明日香は聞いた。

「大変ですね。あ?向こうで、大会の人が呼んでますよ」
「くそ。申し訳ない。明日香ちゃん。ここで荷物を見てくれないかな」
「はい」

昴は試合前で真剣に準備の様子。戦うオーラで明日香など眼中にない。他のメンバーもテーピングをしたり作戦を話し合うなど、緊迫した様子だった。

……これは。浮かれた気分で応援できないわ。

ふと友人の里奈を見ると、知り合い男子と親しげな様子。彼女は放っておいて良いと明日香は判断した。ここに彗が戻ってきた。

「ごめんね!明日香ちゃん」
「彗先輩。私でよければボランティアしますので、何でも言ってください」
「え。でも」

そろそろ開会式。時間のない彗。明日香は進学校の生徒。彗は優秀な彼女に託すことにした。

「わかった。あのね。荷物はブルーシートのG席で。飲み物にはみんなの名前を書いて欲しいんだ。これが名簿。他にも弁当が届くんで、頼んでいいかな」
「はい!」

こうして明日香はこの日、マネージャーとして動き出した。里奈には頑張れと言われた明日香。試合前にペットボトルに記名したり、ベンチに運ぶなど必死に動いていた。

肝心の昴。対戦相手にライバルがいるらしく、明日香の事など全く眼中にない。しかし、明日香は彼のために何かをしたかった。

そして始まった試合。これは里奈と客席で応援した明日香。ルールは昴に聞いていたので把握済み。昴の活躍でチームは勝った。

「あ!お弁当を受け取らないと」
「私も行くか。玄関でしょう」

そして弁当を受け取った明日香と里奈。これを昴たちに配った。

「どうぞ」
「ん?あんたは」
「私は明日香の同級生です」
「……同級生って、へえ」

里奈をじっと見ている昴。明日香は嫌な予感がした。



試合終了後。明日香と里奈はメンバーに感謝された。

「昴さん!お疲れ様」
「おう。それに、そっちの彼女もありがとうな」
「はい」

里奈は社交辞令で話をしていたが、昴と一緒に肩を並べている姿。明日香はじっと見ていた。

……昴さん。楽しそう。

自分には見せない笑顔。高身長の二人は自分の頭上を会話していた。空中展開している内容。明日香の耳には入らなかった。その時、彗が話しかけてきた。

「明日香ちゃん。今日はありがとう」
「いいえ」
「助かったよ。それに試合も応援のおかげで昴の調子も良かったし」
「……はい」

……嬉しいけど。今の言葉。昴さんから聞きたかったな。

勝利の帰り道。明日香の心は寂しい風が吹いていた。

◇◇◇

翌朝の電車。昴はご機嫌だった。

「してよ。里奈ちゃんて面白いよな。っていうか。本当にお前の同級生かよ」
「……どうしてですか」
「え?だって大人っぽいし」
「そう、ですね」

この日以来、昴は里奈に興味があるように明日香は感じていた。里奈に話すと、そんなことない、と言ってくれたが、明日香にはわかっていた。

……昴さんは、私みたいのよりも、大人っぽい、背の大きい人が好きなんだよな。

好みの女性タレント。それに町を歩いている時に振り返るのは大人女子。全て共通項があった。彼が好きだからこそわかる明日香。彼の心に自分がいないことをだんだん感じていた。

そんな昴。試合は準優勝した。そして引退の彼は推薦で他県の体育大学に決まった。みんなが受験勉強中は、ひっそり大人しくしていた昴。一月を過ぎた頃、明日香をカラオケに誘ってきた。

「部活のメンバーなんで。明日香も女友達を誘えねえか」
「いいよ。みんなカバディに興味があるって言ってるから」
「マジで?里奈ちゃんも来るかな」

……嬉しそう。本当に里奈が好きなんだな。

純粋な昴。決して目の前の明日香を馬鹿にしているわけではない。本当に里奈が気になるのだと明日香は受け止めていた。

「誘ってみるよ。任せて」
「おう!」


そして。開催されたカラオケの日。明日香の学校のお嬢様たちは、カバディという謎のスポーツ男子を興味津々で意気投合していた。

昴の隣は里奈に座ってもらった明日香。里奈は遠慮したが、明日香は飲み物や会計係に専念した。

「ねえ。明日香ちゃん。いいのかい?昴が」
「彗先輩……いいんです。これで」

ドリンクバーの廊下。昴の態度に腹を立てていた彗。明日香は笑みを見せた。

「それに、昴さんは、春から他県だし。私はその、押しかけ彼女で。きっと好きじゃないのに、付き合ってくれただけなんですよ」
「明日香ちゃん」
「さ。戻りましょう?もう、終わりになるから」

カラオケボックスの楽しい歌の世界。下手な歌を歌う昴。明日香は優しい気持ちで見つめていた。

こうして終わったカラオケ。翌日、明日香は昴を呼び出した。

「昴さん。今までお世話になりました」
「おう!お前もよく通ったな」

思い出の駅のホーム。雪が降っていた。

「俺がいなくなってもよ。教えた通り、痴漢の足をこうやって踏めば」
「うん、きっと大丈夫」

そして明日香はポケットから取り出した。

「これ。お守りです」
「お?神社のか。サンキュ」

着物の生地で作った明日香のお手製。しかし、昴にはそれを言わなかった。

「昴さん。これでお別れですけど。向こうでも頑張ってください」
「ああ。お前もな」

明日香の出した手。昴は握手をしてくれた。でもそれ以上はなかった。

……やっぱり。私、彼女じゃなかったんだな。

本当は抱きしめたり、キスして欲しかった。でも、それはなかった。
雪が降ってきた白い世界。明日香はそっと空を見上げた。ここに電車が来た。

「昴さん、気をつけてね」
「お前?乗らないのか」

マフラーの昴は驚きで明日香を見た。明日香はまっすぐ前を見ていた。

「うん……ここで別れたい。初めて会ったのは、ここだから」
「明日香」
「昴さん。ありがとう。さような、ら」

閉まったドア。明日香の涙顔。昴はじっと見ていた。手を振る明日香。電車は無情に去っていった。
楽しかった電車通学の一年間。明日香の初恋は雪の中に消えていった。


九話 完
次回最終話です。