「昴。電車来たぞ」
「ああ。それくらい俺にだって分かってるし」

いつもの朝。同級生の彗と一緒に電車に乗った昴。いつものようにおおあくびで吊り革に捕まった。

静かな電車。ゴトゴト揺れるこの空間。運動神経抜群の彼はなんなく寝ていた。
そして各駅に停まりながら彼らは目的の駅に到着した。

朝練のために早朝の学校。まだ誰もいない並木道を二人は歩いていた。

「あのさ。昴。俺ずっと前から思ってるんだけど」
「何だよ、いきなり」

彗は真剣な顔で昴を見つめた。思わず昴は一歩引いた。

「おい。俺はそんな趣味ないからな」
「まだ何も言ってないし?それに俺は彼女持ちだから!」

玄関に着いた彼ら。上履きに履き替えた。

「今朝もそうだったけど。あの小さな女の子。いつもお前のそばに乗ってくるよな」
「小さな女の子?小学生か」
「朝からそんなのが乗ってるはずないだろう。あれは確か、白百合学院の制服じゃないかな」

昴は全く心当たりのない話。首を捻った。

「いつもそばって。スリとかか。俺の財布を狙ってるのか」
「女子高生がスリなわけないだろう?なんだろう。お前に気があるのかな」
「まさか」

……まじで?

口ではそう気の無いフリで言ってみたが、実際の昴の妄想はものすごく膨らんでいた。

朝の練習を終えた後、授業を受けた昴。休み時間。彗を捕まえて一緒に弁当を食べていた。

「んで?どんな子なんだ」
「興味ありありじゃねえかよ。そうだな。背は小さくてさ」

電車の中。自分もそんなにジロジロ見ることができなかったと彗は牛乳を飲んだ。

「そういう時は画像を撮ってくれよ」

気が利かねえな、という昴の態度。彗は呆れた。
「できないだろう?盗撮になるじゃないか」
「くそ。気になる。早く明日の朝にならないかな」

イライラの昴。しかし彗は不敵な笑みを浮かべた。

「なんだよ」
「いや?お前の本性を知ったら。彼女は絶対引くだろうなって」
「そんなこと」

……あるかもしれない。

顔は比較的整っている自分。運動神経も良く。見た目はそれなりに自信がある。しかし、頭脳と性格ははっきり言って自信はなかった。

昼休み。太陽は真上の屋上。眩しさに昴は目を細めた。

「お前さ。そうやって黙っていたら。モテるんだろうけどさ。実際は残念だし」
「うるせ。だから、今それを考えているんだよ」

しかし無情にチャイムが鳴った。二人は渋々午後の授業を受け、この日を終えた。


翌朝。昴は電車の駅にいた。いつもよりも顔を洗い、制汗剤を使用した彼。澄ました顔でホームに立っていた。

……いつもの車両に乗ればいいんだ。落ち着け。俺。

試合でもこんなに緊張することがない彼。嫌な汗をかきながら電車に乗り込んだ。昴は朝練のために早めの電車。よって乗るときは毎朝、空いていた。
椅子に座れば良いが、運動のために立っている彼。彼は鍛錬を欠かさない男であった。

……どの駅から乗ってくるか、わからんとは。彗は使えねな。

こうして最初の駅に停まった。女子高生は乗ってこなかった。
しかし次の駅。たくさんの女子が乗ってきた。

……何だこれ?大会でもあるのか。

おそらく中学生の陸上関係。みな日焼けした顔でジャージ姿である。昴は何気に彗が教えてくれた女子高校生を気にしていたが、混雑で困難だった。

しかし長身の彼。女の子達の頭の上が視界である。ぐるりと見たが、そんな女子高生はいないようだった。
この日、発見できずに昴は登校した。

「どうだ。いたか」
「わからん。今朝は中学生がいっぱい乗ってきたんだ」

机の上。ふて腐れて肘をつく昴。窓の外を見ていた。

「お前、いつもと同じ時間だったんだろう。おかしいな」
「お前の気のせいじゃねえのか」
「……かもな。まあ、忘れてくれ」

その後。部活の練習で燃えた昴。朝の女子高生のことなどコロリと忘れていた。
そんなある朝。彼はいつものように電車で寝ていた。つり革に捕まっていた時。それが起きた。

「あの。すいません。髪が絡んで」
「ん?あ」

胸元に立っていた女子高生。その横髪が昴のシャツのボタンに絡まっていた。昴が寝ている時に彼女はどうにかしようとしたらしく、汗だくになっていた。
「すいません」
「いえ」

必死に取ろうとしている彼女。しかし、ますます絡む状況だった。

……これって。俺がボタンを外せば、いいんじゃね?。

その時。電車が駅に到着した。こんなことをしている場合じゃない二人。このまま押されるようにくっついたまま電車から降りた。そしてホームの自動販売機の横に立った。

「すいません」

謝ってばかりの彼女。昴の胸に頭がくっつき、その顔は見えなかった。
「いや。いいよ。ボタンを外せば。待って」

その間。彼女はじっと待っていた。そしてやっと髪が外れた。

「すいませんでした」
「別に」

頭を下げた彼女。そしてスッと自動販売機に向かった。電子カードにてスポーツ飲料をピッと買った。
「これ。お礼です。ありがとうございました」
「あ。ああ」
受け取った時。やっと顔を見た。小顔の可愛い女の子だった。ペコンと挨拶をした彼女、恥ずかしそうに階段に消えていった。

……きたか、ついに。

モテ期の到来の予感。昴はペットボトルを開け、ぐっと飲んだ。
レモン味。恋の味がした。



◇◇◇

「里奈!聞いて」
「どうした、その髪は」

明日香のありえない乱れ髪。しかし、朝の教室で彼女は興奮していた。

「いいから。どうしよう……昴さんと話しちゃったよ」
「マジで」

最近、楽しい話がなかったこのクラス。明日香の電車の恋に、昼休みの弁当タイムは盛り上がった。

「その髪って、わざとやったの?」
「違うよ?なんか引っかかって。焦って、何本か抜けたし」
「いやいや。それにしても、これからだよね」

現在、彼氏がいない友人たち。明日香のために実体験を含めた作戦会議を開いてくれた。

「まずは彼の連絡先だね。これを何とかせねば」
「『お世話になったので、お礼をしたいです!』って。聞き出せばいいんじゃない?」
「だめだよ。明日香はお礼にジュースをあげたんでしょう?それは無理だよ」
「明日香は何をやってんだよ。早すぎだよ」
「……ごめんなさい」

友人達の手厳しい指導。明日香は細々とサンドイッチを食べていた。
こんな話。結局、明日の朝、爽やかにお礼を言う、という結論に至った。

「そして『どこの学校なんですか?』とか、『部活は何ですか?』とか聞くんだよ」
「そうそう『その試合を観に行っていいですか?』とか」
「その前にさ。彼女がいるかどうか、聞くのが先じゃないの」
「いてもいいじゃん。奪えば」
「みんなありがとう。私、頑張ってみる」

多数の意見を寄せられた明日香。最後は里奈に無理をするなと言われて安心した。
こうして翌朝。ドキドキで駅にやってきた。

並んだ白線。開いたドア。彼はいつものように立っていた。

……明日香。行きます!

えい!と何気に奥に行く感じで昴のそばに立った。
混雑している電車内。明日香の目線は彼の第二ボタンあたり。今朝も顔を側では見えない。

……きっと、私のことなんか、気にしてないんだろうな。

ガタンと揺れる電車。時折、重心が傾く時、つい、彼に比重が行ってしまうが、彼は何もなかったように受け止めてくれている。

友人達のガンガン行け!行け!の顔が浮かぶ明日香。しかし、その胸の内は静かに優しく温かった。

そして駅に着いた。彼からふわりと力を抜いた明日香、そのままホームを進んだ。

……やっぱり。このままでいいや。憧れの先輩で。

駅の花壇はひまわりが咲いていた。まるで彼女の想いを励ますように太陽に揺れていた。