……大丈夫か?俺に捕まれよ。

『先輩……』

ピピピピのアラームで明日香は目覚めた。結構ギリギリの時間。朝食を諦めて支度をした彼女は駅まで早足で進んでいた。

今朝の夢。それは電車の彼が出ていた。名も知らぬ先輩。頼りになる彼。明日香は今朝も会えるかと思ってドキドキしていた。

いつものホーム。通勤の会社員のおじさんや、眠そうなお姉さん。明日香は電車が車でスマホを見ていた。占いである。

『今日のあなた。職員室から出てきた時、イケメン生徒会長に告白されるかも』

うちは女子校だしな。

明日香はラッキーフーズだけ調べていた。ここに電車が来た。ドアが開いた。

いた!フローラルさんだし。

嬉しさを押し殺した明日香は、スススと電車の奥に乗り込んだ。そして何食わぬ顔でポールに捕まっていた。ここからは勝手に任命したボディガードの先輩の横顔が見えた。彼はスマホで何か読んでいた。

何を読んでるんだろう。

気になった明日香は。次の駅にて場所を移動した。そして彼の背後からスマホをチラ見した。

やっぱり漫画か。

でも何を読んでいるのだろう、とそのイラストを注視した。ぱっと見、美少女キャラだった。

そう言う趣味なんだ。
小柄でどっちかと言うと可愛い系の自分。美人系の漫画にがっかりしていた。

こんな金曜日を過ごしていた明日香は、放課後、担任の真知子に相談された。

「書道展ですか」
「そうなのよ。明日香、お前書いてくれないかい?」

明日香の学校は書道部がない。得意な生徒が個人的に参加するものだとジャージの真智子は話した。

「出る予定だった生徒がね。手を骨折しちゃってさ。代わりを探しているんだよ」
「でも。先生。私は一年生ですけど」
「私が顧問なんだよ。そして締め切りが月曜日なんだ」

五十を過ぎた真智子。職員室のデスクの上には大量の栄養ドリンクがあった。これを見た明日香は彼女を気の毒に思った。優しい明日香はこれを引き受けたのだった。

子供の頃から書道をしていた明日香。最近は稽古をしていなかったが、今回は何か書けば良いのと言うレベル。翌日の土曜日。早速書くことにした。

「なんて書こうかな」

お題のない今回。なんでも良いと言うのは実に難しかった。
よくあるのが中国の故事。これを書けば間違いないが、上手な人とかぶったら恥ずかしかった。

いっそ、『風』の漢字を、風のように散らして書くって言うのはどうかな。

書いてみた。でも、やはり自惚れ感が溢れた場違いな感じがした。

どうしよう……。何を書いたら良いの?

こうなったら昔の書を出そうかなとまで追い詰められた明日香は押し入れを漁っていた。その時。窓の外から廃品回収のアナウンスがした。

『ラジカセ、炊飯器、洗濯機。ご家庭で不要になった家電製品を回収します』

これが耳に入った明日香は、ヒントが浮かんだ。そして事を調べ、それを書いたのだった。

そして。これを仕上げた明日香は月曜日に携えてきた。

「先生。できました」
「ああ。助かった。でもね。明日香、まだお願いがあるんだよ」

急に放課後のプール当番になってしまったと話すジャージ真智子は、ボサボサの頭。体育教師の彼女は、この作品を届けてほしいと言い出した。

「県の文化センターに届けるだけで良いのよ。ごめんね」
「別に良いですよ。自分で届けてきますね」

交通費は後で出すと言う言葉を信じた明日香は、友人の里奈を誘ったが生憎用事があると言われた。彼女は一人でやってきた。

指示通りの一階の奥のホール。そこには学校の先生風の人たちがいた。

「こんにちは、私。白百合学園ですけど」
「白百合さん?ちょっと待ってね」

受付の女性は名簿を確認していた。それが遅いので明日香が指した。

「ここです」
「あ。では、書を確認させてくださいね」

広げられた書。そこには『不撓不屈』と書いてあった。

「良い文字ですね。これはあなたが書いたんですか」
「そうです」

不用品からヒントを得た文字。とにかくノルマは達成したと思った明日香は帰ろうとしたが、そこでびっくりした。

……あれって。フローラルさん?

廊下の男子高校生はやけに体格が良かった。彼らは仲間と戯れあっていた。その中の長身の彼は。多分、朝の電車男だった。

ドキドキの明日香が立ちすくんでいると、さっきの受付女が追いかけてきた。

「良かった。あのね。お茶でも飲んで行って。今日は暑いわよね」
「は、はい」

他の学校は教師が持ってくるのに。明日香は持参してきたと関係者は褒めてくれた。彼らの席でお茶を飲んでいた明日香は、男子生徒の正体を聞いた。

「あれはな。うちの高校のカバディ部の生徒だ。暇そうなので掲示するのを手伝わせようと思ってね」
「カバディ部ですか?」


聞いたことのない部活。驚く時間もなくこの場にカバディ部の連中がやってきた。明日香はドキドキしていた。話しかけてきたのは眼鏡男子だった。

「よし。これを貼るぞ。先生、良いですよね」
「ああ。センス良くやれ」
「お前ら!やるぞ、ほら取りに来い」

他の部員は、ぶつぶついいながら作品を受け取った。その中にいたのは例の彼だった。

嘘!私の書道を持っていっちゃったよ。

力がある彼らは、それは優しく作品を手に取り掲示していった。明日香は自分の作品を後ろからそっと見ていた。フローラルは明日香の書を貼り終え、感心そうに眺めていた。
これに彼の仲間が声をかけていた。

「何をそんなに見てんだよ」
「いや。強そうだなって」

違うよ?意味が。

明日香の驚きを他所にフローラルはうんうんとうなづいていた。これを誤魔化すそうに彼女はこの場を後にした。

はあはあはあ。まさか、フローラルさんがいるなんて。

帰りの電車を待つ間。明日香はカバディについて調べ出した。〇〇工業、カバディで検索。

そうっか。フローラルさんの学校は強いんだな。

そこには選手の画像と名前があった。東山昴と名前が判明した。

「昴さん、か」

夕暮れの駅のホーム。明日香は頬を染めていた。

◇◇◇

「明日香。昨日は悪かったね」

交通費をくれた真智子に明日香はいいえ、と笑みをこぼした。

「ただ届けただけですから。それに楽しかったです」

……フローラルさんの正体も分かったし。


「そうなの?じゃ、また今度もお願いしようかな」
「そ、それはちょっと?」

苦笑いの明日香。窓の外に夏に日差しが照り付けていた。


六話 完