「ふわ?眠い」

親に起こされて彼は駅へと向かった。部活の練習が激しい昨今。筋肉痛の体で歩いていた。高校に入ったら部活など絶対せず、彼女を作り楽しいハイスクール生活を送る予定だった彼。しかし、運動神経抜群の彼を周りは放っておくはずもなく彼は今日人口の少ない競技「カバディ」と言うスポーツ選手だった。
少なさ故、いきなりの関東大会。今はこれに全力で汗を流しているのだった。

彼とてカバディをやりたくてやっているわけではない。ある時、勧誘に来た先輩に負かされて以来、復讐のために挑んでいる。その先輩も卒業したが、今ではそんなことも忘れてカバディの魅力にはまっているのであった。

高身長。顔もそれなりに整っている彼は、目立つ。それは本人も自覚していた。鏡を見て「俺、いけてるよな?」と密かに思っている、それが昴だった。

「おはよう、昴」
「おお、おはよう」
「どうしたの?目の下くまができてるよ」
「うるせ」

教室の朝の一コマ。同級生のメイクバッチリの女子生徒に東山昴は冷たく椅子に座った。
これじゃねえんだよな。

昴は理想の女子がいた。もっと可憐でピュアで。胸の大きい優しい背の大きい女だった。
でも、この学校にはそんな女子はいなかったのである。

間違えたかな。来る学校を。

もう三年生なのにそんなわけにはいかない。昴は実に残念な男だった。


「お。昴。一緒に弁当食おうぜ」
「いいよ。お前はあっちいけ」
「なんでだよ。ひでえね」


唯一の友人、同じカバディ部の加藤彗は彼女持ち。昴はこれが解せなかった。

なぜお前が?俺の方が絶対いけてるって。

このため一緒に弁当も食べられなくなった昴だが、彗はいつもの事だと気にせず隣に座った。

「なあ。昴」
「なんだよ」
「お前さ。噂になっているよ」
「何が」

イケメンなのに彼女がいない彼。校内ではBLの噂が出ていると彗は教えてくれた。

「なんだよそれ」
「だってよ。お前、誰とも交際しないからさ」
「それでなんでBLになるんだよ!」

怒る昴に彗はやれやれの顔で応じた。

「この前だって、彼女を紹介したろう?なんで付き合わなかったんだよ」
「一度はデートしたんだよ」

他校の女子。彗の彼女の友達と一度デートした昴は、その帰りにごめんなさいと言われたと苦しそうに打ち明けた。

「なんでかな?向こうが俺と付き合ってくださいって言ったんだぞ……」
「大丈夫か?ほら、コーヒー牛乳飲めよ」

昴はデートの話を打ち明けた。待ち合わせをして一緒に買い物に付き合った内容だった。

「彼女さ。なんかどうでもいい服をどうだとか、なんだとかさ。時間かかってイライラしちまった」
「それはそうだけどさ」
「歩くのが遅いし。全く、グズグズで」
「それは、ちょっと」

青ざめた彗に昴はなぜ?と言う顔をした。

「彼女さんはお前に可愛いね、とか。似合ってるね、って言って欲しかったのかもよ」
「マジで?でも全然似合わないし」
「ダメだ。人として終わってる」
「はあ?ちょっとどう言う事だよ」

ここでちょうどチャイムが鳴った。熟睡の午後を終えた昴は部活に汗を流したのだった。

帰り道。彼は彗と帰っていた。
目の前にはカップルが歩いていた。

「なあ。どうすれば俺に彼女ができるかな」
「忍耐強い彼女を探した方が早いかもな」


「俺のどこが悪いのかな……」

昴は星を見上げた。

「お前には悪いけどよ。俺の方がビジュアルも良いと思うんだよ」
「そうだな」

彗は平凡な顔。特に秀でたものを感じさせない無味な男だった。

「だろう?それによ。デートだってちゃんと考えて彼女を楽しませる自信は俺にはあるんだよな」

ポケットに手を入れる悲しげな昴。彗は辛くなってきた。

「まずさ。彼女を作る前にさ。人として良い人になるようにした方がいいんじゃねえの」
「俺のどこが悪いんだよ」
「その自信だよ。俺は間違ってないって言う」
「……」

彗は彼の誤りをついた。

「こうするべき、が強すぎるんだよ。そういうのをモラハラって言うんだよ」
「マジで」
「はっきり言う。お前はこのままだと一生彼女はできない」
「え」

やさしい友人の怖い顔。思わず昴は立ち止まった。こんな彼に彗はカバンから本を取り出した。

「これ読め。そして生まれ変わるんだよ」
「生まれ変わる……」
「そう。今までの傲慢な自分をドブに捨てるんだな」

彗はそう言って帰って行った。昴は家に帰りこれを読んだ。

「なんだって。俺の考えってモラハラなのかよ」

良かれと思い自分の考えを押し付ける気持ち。相手には迷惑で怖い事と昴は悟った。
さらにおあり運転の心理の本の解説。これがピタリと自分に当てはまり怖くなった。

「やべえ。俺は嫌われてるな、このままじゃ」

やっとマイナス地点にいることに気がついた昴。この夜から彼の人としての勉強が始まった。





「おはよう」
「うっす」
「昴。お前、今日、当番だよ」
「は?聞いてないし」

一瞬腹が立った。が、ちょっと時間をおいて考えた。

こいつは忘れん坊だ。だから忘れただけで悪意はない。単なるバカなのだふふふ。

「昴?」
「ふふふ。やっておくよ。気にすんな」

急に懐が広くなった昴。クラスの男子は首を捻っていた。そこに担任が入ってきた。

「みんな席につけ。当番、号令だ」
「うっす。起立!」

昴の凛々しい掛け声に担任のパンチパーマは白い歯を見せた。

「やるじゃねえか昴」
「先生。俺の本気はこんなもんじゃないですから」
「言うね?じゃ、教科書を開け」

こうして彼は良い人を目指すようになっていた。
こんな彼は朝、彗と同じ電車で一緒になった。

「昴よ。どうしてお前の周りって人が来ねえんだ?」
「さあ?こんなもんじゃねえの」
「そうかな」

それにしても隙間がある。彗はもしかして、とスマホをチェックした。

「『朝、通学、◯◯電車。◯高男子高生』って。あった」
「なんだよ」

TwitterにはBLの噂の彼と書いてあった。

「なんだって。貸せ」

奪うように見ると、そこには昴はB Lなので男性は近寄るなと忠告が書いてあった。

「マジかよ」
「今まで振った彼女の嫌がらせじゃないの。まあ、空いているからいいか」
「道理で……」

ここで駅に停まった。小柄な女子高生が乗り込んできた。彼女は不思議と昴のそばにちょこんと立っていた。

これに何も思わない昴に、学校についた彗は尋ねてみた。

「そんな女いるのか?」
「もしかして気がついてないの」
「毎日寝てるしな。それに小さい女には興味はない」
「やっぱりお前には彼女はできないよ」

友人の残酷発言。昴は意味もわからずただ、プスプスしているだけだった。


四話 完