王宮のベッドはふかふかで気持ちいい。
 そのまま記憶を整理していると、ドアがノックされた。

「……リディア嬢、起きたかい?」

 クリストファー殿下が見舞いに来てくださった。従者や護衛もつけず、お一人のようだ。お兄様はどこにいるんだろう。

 急いで起き上がろうとしたが、「ああ、そのまま、寝ていてかまわない」と気遣ってくださった。

 というか、殿下。乙女の寝室に単身で突然入室して来るなんて、ちょっと非常識では?

(この人、シナリオ通りなら私の婚約者になるのよね……そしてあっさりヒロインに心変わりして婚約破棄してくる鬼ちk……おっと)

「……お騒がせしてしまい、申し訳ありません」
「ただのお茶会だよ。気にしなくていい」
「ありがとう、ございます」

 さすがは攻略対象者。優しい言葉遣いに爽やかな微笑み。ベッドの横に置いてあるただの椅子が王座に見えてくるくらい神々しい。金色の髪はサラサラでその青の瞳は透き通って美しい。二次元のスチルで見ていたものとは比べ物にならないほどの造形美だ。

(今更だけど、すごい! キャラが生きてる! 動いてる!)

 この素敵な王子様も、ゲーム通りなら死んでしまう。正確にはヒロインが王子様を選んだら死なないけれど、そうしたら私が見たいスチルが見られない。あの神スチルが見たい……!

 私が見たい神スチル。
 それは、ヒロインと聖騎士のアラン様ルートに出てくる、ハッピーエンドを迎えた二人が愛を誓うシーンだ。魔王戦を終え、戦いに傷ついた後のアラン様が、ヒロインと手と手を取り合いながら微笑むスチルがとっても素敵なのだ! 朝日を浴びて光が差すそのシーンは何度も何度も見返していた。あのスチルが生で見たい!! 
 
 だから魔王に殺されるわけにはいかない。そしてごめんなさい、クリストファー殿下。貴方の恋は応援できないわ……。

 私の顔が不安そうに見えたのか、クリストファー殿下は私の手を握った。

「大丈夫。ディーンは迎えの馬車を手配しているよ。すぐにやって来るはずだ」

 兄がいなくて心細いと思ったのだろう。微笑んで励ましてくれた。

(さすが王子様。弱っているときにそんな風に微笑まれたら、恋に落ちちゃいそうだわ)

 だが、彼に恋してしまっては破滅の道にまっしぐらだ。ヒロインが万が一、王子様ルートを選んだ場合、私は嫉妬に狂い嫌がらせを行い、幽閉されてしまうのだ。そして魔王復活時、助けてもらえずそのまま……。

(クリストファー殿下にだけは、そういう気持ちにならないように気をつけなくちゃ!)

 決意を新たに、淑女の仮面を被る。普段のお転婆な私は、外では封印するようお母様にキツく言われている。
 にっこりと全力の外面を貼り付けて笑う。

「ふふ、殿下の手があたたかくて安心いたしました。ありがとうございます。……ディーンお兄様が来るまで、こちらで休ませていただきますね」
「あ、あぁ、そうしたらいいよ」

 私は猫をかぶるのに精一杯で、殿下の耳が赤く色付いたことには気付かなかった。