今リアナ様から聞いた話をアーノルト殿下に全て伝えれば、きっと殿下も分かってくれる。
 リアナ様の気持ちが殿下ではなくガイゼル様に向いていたことを知れば、殿下は深く傷つくだろう。相手に想いが届かない辛さは、私もよく分かっている。
 しかし今はとにかく、殿下の呪いを解くことが先決だ。

(早く殿下の元に行こう……今何時かしら)

 私が顔を上げたその時、時計台の鐘が一度だけ鳴った。
 午後十一時半を知らせる鐘だと気付いた私は、ハッと我に返る。


「日が変わるまで、あと三十分しかない! 私、殿下のところに行かなきゃ」


 夜会の行われている広間に向かおうか。それとも、もう既に殿下は待ち合わせ場所の噴水の傍にいるだろうか。
 ドレスをたくし上げ、私は両足のハイヒールを思い切り脱ぎ捨てた。

(こんな靴を履いていたら走れない! とりあえず庭園に行こう……!)


「――ディア! ちょっと待て!」


 走り始めた私を、ガイゼル様が焦った様子で呼び止める。
 前につんのめりながらその場で止まり、私はガイゼル様の方に振り返った。


「えっ、何ですかガイゼル様!」
「ちょっと待ってくれ、その背中……! 何かついてる。見せてくれ」
「ガイゼル様、私早く殿下のところに行かないと。背中に傷があるのは私も分かってますから」


 私の元に駆け寄ったガイゼル様は、今にも走り出しそうな私の腕を乱暴に掴む。
 ガイゼル様の方に私の背中を向けさせて、「失礼」と言いながら私の髪の毛を背中から避けた。


「……やっぱり……ディア、これは呪詛文字じゃないか!」
「え?」


 ガイゼル様は少し身をかがめ、まじまじと私の背中を見る。

(今、呪詛文字と言った?)

 アーノルト殿下を苦しめる元凶である、呪詛文字。
 聞きたくもない不吉な言葉が、ガイゼル様の口から飛び出した気がする。


「ガイゼル様、呪詛文字ってどういうことですか……?」
「小さくて一見分からないが、良く見ればこの黒ずんだ部分に細かくびっしりと文字が書いてある。これはアーノルト殿下の胸にあるのと同じ呪詛文字だ……」


 ――呪詛文字。
 アーノルト殿下の胸にあるのと同じ、呪いの印。
 再び眩暈に襲われた私は、石畳の上を裸足でペタペタと音をさせながらよろけた。


「まさか私も……呪われているってこと?」