もしかして殿下は、リアナ様にもローズマリー様にもキスしないつもりではないだろうか。

 殿下の腕に抱えられた新しい兜が、私の不安を一層掻き立てた。

「殿下、約束してください。今日は必ずリアナ様とキスを」
「ディア。私はリアナ嬢と正式に婚約することになった。聞いているね?」
「……はい、ガイゼル様から聞いています」
「そこでディアに聞きたいんだ。運命の相手と一緒にいる時、人は一体どういう気持ちになるのかな」

 殿下の寂し気な瞳は、真っすぐに私を見つめている。その瞳を見ていると理由もなく涙が込み上げてきて、私は殿下から視線をそらした。

(運命の相手と一緒にいる時の気持ち……何となく分かる気がする。恋愛本を読まなくても、私にも分かる)

「運命の相手と一緒にいる時……きっと、二つの想いに駆られるのではないでしょうか」
「二つ? どんな?」
「今ここで時が止まって欲しいと思うほどの幸福感と、胸が締め付けられるような切なさ。その二つが同時に押し寄せるんだと思います。大好きで大好きで、その人とずっと一緒にいたい気持ち。そして、その人をいつ失ってしまうのか不安な気持ち」
「……そうか」

 恋の経験がなかった私にも、今なら分かる。恋がどういうものなのか。
 ――そうか、私はアーノルト殿下に恋をしていたんだ。

 今更気付いた自分の気持ちに押しつぶされそうになりながら、私は殿下の前に立って顔を見上げる。

「殿下、必ず約束を守って下さい。必ずリアナ様とキスをして、十二時にこの場所に来てください」
「そうだね。運命の相手にファーストキスを捧げれば、十二時を告げる鐘が鳴り終わった瞬間に私の呪いは解けるだろう」
「その意気ですよ、殿下。私はここでローズマリー様と一緒にお待ちしています」

 精一杯の笑顔を作り、私は殿下と握手をするために右手を差し出した。心臓から指の先まで、ドクドクと鼓動が早い。

(私の恋心が殿下に伝わりませんように――)

 殿下は私の手を握ったまま引き寄せて、二度目のハグをする。運命の相手とのハグとは違う、友情のハグを。

「殿下……頑張ってくださいね」
「ありがとう」

 殿下は私の頭を優しく撫でる。私は殿下の肩に顔を埋めて、気付かれないように静かに泣いた。