そこまで考えたところで、急に胸の奥から虚しい笑いが込み上げて来た。

「殿下、なぜ笑っているんです?」
「いや。国王陛下は貴族のご令嬢たちの安全には興味を持っても、ディアには一切関心がないみたいでね」
「まあ、それはそうでしょうね」

 ガイゼルも悔しそうに顔をしかめる。
 あれだけ悪態をついていたガイゼルも、ここでディアと過ごすうちに彼女に情が移ったのだろう。

「だからディアの安全のためにも、彼女には故郷に戻ってもらうことにした。これ以上王都に引き留めて、危険な目に遭わせるわけにはいかないからね」
「えっ? まあ……それが良いでしょう。元々クローディアをここに連れてくる必要なんてなかったのですから。ですが、十年前の件はもうよろしいんですね?」
「ああ。もし彼女があの時の少女だったとしても、私がやるべきことは変わらない」


 一国の王太子が平民に恋をして政略結婚を断るなど、常識として許されないことだ。私は、ヘイズ侯爵家のリアナ嬢と婚約する。それが私の役割で、回り回ってクローディアを守ることにもなる。

 胸の呪詛文字の痛みに耐えながら、私は涼しい顔を装ってデスクに着いた。仕事の書類を取り出して文字を目でなぞりながら、頭の中からディアの姿を追い出そうとする。


「殿下の運命の相手とは……本当にリアナ嬢なんでしょうか」
「明日、それを確かめてくるよ。結果がはっきりすれば、すぐにでもリアナ嬢に婚約を申し込もう」
「殿下はそれでいいのですか?」

 ガイゼルの声は震えている。
 私は手に持っていた書類をデスクの上に投げ、椅子の背もたれに身を思い切り預けて天井を見つめた。

「ガイゼルのいない間にね、ディアとキスの練習をしたんだ。その時分かった。私はディアのことが好きだと。これ以上一緒にいたら離れがたくなる」
「それは……どうすりゃいいんだ。リアナ嬢は殿下とどうしても結婚したいと言っていましたし……まさか、殿下がディアを? はあ……」
「ガイゼルはどうもしなくていいよ。おかしなことを言って動揺させてすまなかった」

 私には、リアナ嬢と結婚する以外に道はない。
 もしもリアナ嬢が私のことを好いてくれているなら、私も彼女のことを大切にするよう努力したい。夫婦になるのなら、少しでも歩み寄って仲良く暮らしていく方がいいに決まっている。

 だから、ディアとはお別れしよう。
 明日もう一度占いをして、私の運命の相手がリアナ嬢で間違いないことが確認したら。クローディアとはもう二度と会うことはないだろう。

 机の上に投げた書類をもう一度手に取ると、私はガイゼルに「一人にしてくれ」と頼んだ。