「殿下、キスのトレーニングをすぐに始めるのなら構いませんが、やはり実際にリアナ様にキスをするのは時期尚早のように思います。リアナ様にとっても、十分に殿下のことを知ってからでないと、かえってご不安に思われるでしょう。いくらリアナ様が運命の相手だからと言って、下手にキスを急いで二人の仲に亀裂が入っては、逆に遠回りですよね」
「確かにそうだな。結婚はゴールではなくスタート。そこから二人で愛を紡ぎあげていかなければならないのだから、焦りは禁物か」
「殿下……知らないうちに私の『結婚からはじめよ――愛ある暮らしを紡ぐ、たった一つの思考法』を読みましたね?」
「ああ、その本に書いてあった。結婚はゴールではない、スタートであると」
「そうです! 結婚はスタート。良いスタートを切るために、お誕生日ギリギリまでは粘りましょう! 念のためにもう一度、次の満月の夜に恋占いを致しますから」
「ありがとう。キスの実践は先送りにするとして、今は練習だけに留めておこう」


(ふう……何とかごまかせたみたい)

 今、殿下とリアナ様がキスをするのはどう考えても時期尚早だ。誕生日ギリギリまで粘って、満月の夜にもう一度、運命の相手を占ってからでないと安心できない。

 しかしキスの練習と言われてしまうと、私一人で手に負えるものではない。ガイゼル様にも協力を仰いで……と思ったのに、今日に限ってガイゼル様は不在のようだ。


「殿下、ガイゼル様は今日はどちらに?」
「ガイゼルには今、リアナ嬢の相手をしてもらっている」
「リアナ様が王城にいらっしゃってるんですか?」
「今日はヘイズ侯爵と一緒に、国王陛下に挨拶に来ているようだよ」


 殿下の顔に、ほんの少し陰が差した。この表情から察するに、あまり良い用件での訪問ではなさそうだ。ヘイズ侯爵と共に登城したということは、侯爵家に対して陛下からお叱りを受ける可能性もある。
 リアナ様にかけられたあらぬ疑いを、陛下に弁明にでもいらっしゃったのだろうか。

「リアナ様がいらっしゃっているなら、殿下もお会いになりたいですよね。レッスンはさっさと終わらせてしまいましょう。どれどれ、キスに関する恋愛本は……」
「これはどうだろう。『ファーストキスは勢いが九割』」
「九割が勢いですか。逆に残りの一割が気になりますね。ちょっと読んでみましょう」

 教科書としては元も子もないタイトルだが、私は一応ペラペラとページをめくった。