「もし嫌な思い出があるなら、今からでもローズマリー嬢に断ってくることもできる。明日からも王城で過ごしてもらって構わない」
「殿下! いいんです、気になさらないで下さい。確かに私も聖女になれたら良かったのにと、落ち込んだこともありました。でも今のお仕事も大好きなんですよ。お客様の幸せそうな顔もたくさん見られるし、多少ですけれど私を育ててくれたシスターにも仕送りもできています」
「育ててくれたシスター?」


 殿下の声色がほんの少し低くなった。
 そう言えば、私に両親がいないことも伝えていなかったのだった。


「十年前の洪水の時に、両親が行方不明になりました。その時に私を拾って育ててくれたのが、隣の街のエアーズ修道院のシスターでした。私も当時は多少なりとも魔力がありまして、王都に聖女候補生として推薦して下さったのもその方なんです。だから立派な聖女になって、シスターに恩返しをしたいなって思っていて」
「そうか、あの洪水でご両親を……知らなかったとは言え、辛いことを思い出させてしまって申し訳なかった」


 どうしてこの方は、こうしてすぐに私のような平民にも頭を下げるのだろう。もっと偉そうにしてくれたっていいのに。
 殿下に重大な嘘を付いているという後ろめたい気持ちが、私の心の中でざわざわと騒ぐ。


「殿下、とにかく頭をお上げ下さい。誕生日の夜にもし殿下に何かあったら国中の人が悲しみます。目の前で大切な人を亡くすのは本当に辛いことです。だから、最後どうにもならなくなったら……必ずローズマリー様とキスを」
「分かっている。最後まで努力してみて、どうしてもという時はローズマリー嬢に頭を下げるよ」


(――ごめんなさい、殿下。殿下に嘘をついている私がこんなことを言える立場でないことは分かっています。殿下のリアナ様への恋心を叶えるために、私は誕生日の夜ギリギリまで一緒に頑張りますから)


 残り二週間と少し。
 その間にできるだけ殿下とリアナ様の距離が縮まりますように。

 私は思い切り両手の拳を握りしめながら、気合を入れるためにわざとフンっと鼻息を吐いた。