シャツの端を指で挟み、少しだけめくってみる。
 そこには殿下の右の鎖骨下から胸の中央にかけて、吸い込まれるのではないかと錯覚するほど深い漆黒の、呪詛文字が走り書きされていた。

 急にシャツをめくられて驚いたのか、赤面した殿下が私から顔を反らしながら言う。


「ディア、これが呪いの印なんだ。初めは爪の先くらいの大きさだったのが、日に日にこうして広がってきている」
「これが……殿下の呪い……。ごめんなさい、私ったら殿下がこんな目に合っているのに、恋愛レッスンだなんて軽々しいことを……」


 アーノルト殿下が呪われていることは、出会った当初から知っていた。それなのに実際にこうして痛々しい呪詛文字を目にするまで、どこか他人事のような気がしていた。

(――殿下にとっては、命を脅かす大事件なのに。私の態度はあまりにも軽率だったんじゃないかしら)

 落ち込んで下を向く私の頬をアーノルト殿下の大きな手が包み、ゆっくりと上を向かせる。いつの間にか私の目にたまっていた涙の雫が、ポロリと服に落ちた。


「……すまない、ディア。こんなアザを見せて怖がらせてしまったね。でも大丈夫だ。私は自分の呪われた運命を受け入れている。呪いを解くために、リアナ嬢にファーストキスを捧げられるよう努力は惜しまないつもりだ」


(……それもごめんなさい。運命の相手はリアナ様ではなく、私なのに)


「おい、クローディア。王太子殿下のシャツを引きはがすなんて、どんな淫乱家庭教師なんだよ。早く殿下から離れろ」


 こんな時に不謹慎だが、このガイゼル様の毒舌に少し気持ちが救われる自分がいる。私は急いで袖で涙を拭くと、ガイゼル様に向かって「ベー!」と舌を出した。

 アーノルト殿下の胸にあった呪いのアザは、既に相当広がっているようだ。誕生日まであと一月弱しかない。早くリアナ様と殿下のお二人を、両想いの素敵カップルに育て上げなければいけない。

 こんな平民で落ちこぼれの私でさえ、殿下のハグにドキドキして心臓が飛び出そうになったのだ。きっとリアナ様だって、私と同じように殿下にドキドキしてくれるはずだ。


「殿下。そのアザは痛んだりしないのですか?」
「特に今のところ体への影響はないよ。恐らく誕生日の夜に突然ぽっくりとあの世行きタイプの呪いだね」
「だから、殿下の呪いの説明がポップ過ぎるんですよ! その呪いは、誰が診てくれたんですか? 解呪の鍵が運命の相手とのファーストキスだと教えてくれたのは誰なんです?」
「……仮にも王太子が呪われているなんて、国王陛下にも知らせていない機密事項だからね。ディアも秘密は守れる?」


 殿下は少し声を落として、私の目をじっと見つめた。


「はい、大丈夫です。どなたにも絶対に話しません!」
「ありがとう。実は、私の呪いを診てくれたのは、聖女ローズマリー。君の知り合いのね」