「……とにかく、殿下におかしなことを教えるんじゃないぞ」
「兜被ってる時点で、既に少々おかしいですけどね」
「お前っ……!」
「クローディア、です」
「クローディア……長い。ディアと呼ぶことにする」


 プンプンと怒った顔で、ガイゼル様は本を精算カウンターに持って行ってくれた。
 ああだこうだと文句を言いながらも、ちゃんと私の買いたい本を持って付いて来てくれるガイゼル様は、本当は優しい方なのかもしれない。

(殿下の解呪が終わったら、お礼にガイゼル様の恋占いもしてあげよう)

 帰りの馬車に乗り込む時も律儀にエスコートしてくれるガイゼル様を見ながら、私はにんまりと微笑んだ。

 馬車は王城に向けて出発する。午後はいよいよアーノルト殿下との恋愛レッスンのスタートだ。私は先ほど買った本を早速パラパラとめくり、今日のレッスンの準備を始める。

(殿下はリアナ様と幼馴染だと仰ったよね。幼馴染同士の恋だなんて、ピュアでキュンで最高じゃないの)


「おい、ディア。口元がだらしなくニヤついてるぞ」
「そっ、そんなことないですよ」
「今にもヨダレが出そうだ。そんな顔で殿下に近付いてみろ。ぶっ飛ばすぞ」


 仮にも年下のか弱い女の子に向かって、その言葉遣いは酷いんじゃないだろうか。ガイゼル様はよほどアーノルト殿下のことを大切に思っているらしい。


「ガイゼル様。そう言えば、殿下はどうして兜を被ってるんですか? 何となくご本人には聞きづらくて」
「……お前、殿下から呪いの話を聞いたんだろう?」
「え? あ、ああ……そういうことですか。うっかり誰かと顔がぶつかってファーストキスを奪われないように、ガードしているということですね?」


 確かに、出会い頭に人とぶつかって唇が触れてしまう……なんて可能性もゼロではない。どこからどう見ても真面目で慎重な性格の殿下のことだ。自分の見た目など二の次で、真剣に考えた結果のリスクヘッジ策なのだろう。

(せっかくのイケメンが勿体ないなぁ。リアナ様とお話する時は、せめて兜じゃなくて布で口元を覆う程度にしたいわよね)

 幼馴染同士が恋に落ちる瞬間と言えば、大体パターンは決まっている。
『もう、子どもじゃないのね』作戦である。


「ガイゼル様も、そう思いませんか?」
「は? 何を?」
「幼い頃から知っている女の子が、いつの間にか大人になっていたのね……って気付く瞬間ってあるじゃないですか」
「何の話だ?」
「ほら、久しぶりに会った幼馴染とダンスをしたら、ものすごく腰が細くてくびれていてドキッとしたとか」
「……」
「いつの間にか自分の方が背が高くなっていて、彼女を見下ろしたら見ちゃいけないものが目に入ったとか」
「……お前、今すぐ殿下の家庭教師を辞任しろ」


 穴が開くんじゃないかというくらいガイゼル様に鋭く睨まれた私は、持っていた本でそっと顔を隠した。