仕事のできる男だというのは噂だけではない。
副社長秘書という立場の文は、実際にいくつもの訴訟を解決してきたのを幾度となく見てきていた。
教養が良いだけではなく美目も良いものだから、多方面から好意を寄せられている男という認識はあった。
愛想が悪いわけではないが、張り付いたような笑みに抑揚のない喋り方。常に彼の目は冷めていた。
なんでも見抜いているような雰囲気が苦手で、関わり合いは最小限になるように避けていた。
「ま、みや、さん……?」
こんなにやさしい笑顔を向けられるような間柄ではなかったと記憶している。
「文? どうしたんだ?」
七生の眉が下がる。
労わるように肩を撫でると腕を辿る。下がってきた手が文の手を握った。
存在を確かめるように、何度も指を絡め直す。
自分の手よりひとまわり大きい、節ばった手にドキリとする。
どうしたんだなんて、こっちが聞きたい。
ハグも呼び捨ても、いったい何が起こっているのか。
「七生、患者さんはまだ目覚めたばかりで混乱中だよ。診察するからちょっとどいて」
先ほどまでふたりで話していたであろう医師が、七生を押しのけて前へでた。
医師の白衣には、Doctor宝城逞と書かれた名札がクリップで留めてあった。
七生は不満げに場所を譲る。
しかし指は絡まったまま離れなく、意味わからなくてドキドキとした。苦手な男の筈なのに。なまじ顔がいいものだから現金にも平常心を保てない。
胸に充てた聴診器を、宝城は苦い顔をして離した。
「七生。心音が乱れるからちょっと離れて」
宝城が怒った。
七生はしぶしぶ手を離し距離を取る。
うっかり跳ねてしまった心臓の音を聴かれたことに、文は顔を真っ赤にした。



