昼休みになると文はトイレに引き籠った。
秘書室近くのトイレが嫌で、わざわざフロアをふたつばかり降りている。
このフロアは営業部が使用している為、多くの従業員が出払っているので穴場だ。

文も週の半分は外出で外での昼食が多い。社内にいるときくらい好きなものを食べてゆっくりしたい。

と言っても、最近はまったく食欲がない。食べる時間も殆どないという理由もあるが、胃がきりきりとして食べられないのだ。

本社ビルに併設された売店で、ゼリーとパックの牛乳だけを買い、トイレの個室でチューと吸った。
清潔感などないが、偉い人たちとの会食よりよっぽど美味しく感じる。

研究中、飲まず食わず眠らずというのは多々あり、それなりに耐性もついているのだがストレスでの食欲不振と睡眠不足は初めてだった。

情けなくて、そんな自分にまたストレスを感じる。

あと二十分で外出しなくてはで、しぶしぶ個室をでると化粧を直すために鏡の前にたった。

『秘書としての知識をつけ、仕事をそつなくこなすことも大事だけど、彼女たちにも足りないものがある。旭川はそれを持っていて、まずはそれを発揮してくれればいい』

吾妻が文を指名した理由らしいが、自分が何を持っているのかまだわからない。
秘書課の仕事は合わない、研究室にもどりたいと嘆く気持ちが八割なのだ。

「わたしが持っているものかぁ」

身だしなみを整える程度に肌に粉をのせる。
研究で会社に泊まったとき用に、洗顔と化粧水などは手荷物に常備していたが、今では口紅やファンデーションを持ち歩くようになった。

『期待されていなければ抜擢など無い』

七生の慰めとも思える言葉を思い出して、気合いを入れた。

「返答は落ち着いて。焦らず、ゆっくりでいい。相手を待たせても、間違えない事の方が大事」

教わったことを、唱えながらグロスを塗り直し髪を整えた。
七生は怖いけれど、不親切ではない。
彼が本当の教育係かというくらい、助けてくれる。

「がんばれわたし」

仕事は合わなくて辛いけれど、会社の評判を落としたいわけでも、秘書課のみんなに迷惑をかけたいわけではない。

むしろFUYOUの素晴らしい商品を、もっとたくさんの人に知って欲しという気持ちは持っている。
胃は痛いままだったが、気合いを入れてトイレを後にした。