「頭を打っていないと言っていたのに、全然目を覚まさないじゃないか藪医者め」

ぼそぼそと男の声が聞こえ、そちらに目を向けた。

慎重に体を起こす。部屋は自分ひとりだった。ドアの外から聞こえている。
すりガラスのスライドドアの向こうに人影が見えた。
聞き覚えのある男の声に耳をすます。

「ちゃんと検査は終えて、頭は皮下血腫……ようするにたんこぶのみ。脳に外傷はなかったのは事実だ。俺はその結果を伝えただけだ。そこから彼女がいつ目覚めるかなんてわからないよ」

「それを見定めるのが医者の仕事じゃないか」

「あのねぇ、俺を強引に主治医に指名したのは七生なのに、文句ばかりだと担当変えさせてもらうよ。弁護士のくせに感情にまかせて侮辱して、訴えてやってもいいんだからな」

憮然と答えたのも男の声だ。

途中出てきた名前にピクリと反応する。

(―――七生? あの、間宮七生(まみやななお)がいるの?)

「まさか俺に勝てるとでも?」

この自信満々な声は、自分がよく知る七生に間違いなさそうだ。

「お前に勝てる弁護士くらい用意してみせる」

ふたりは気安い仲なのか、攻撃的な掛け合いをしていた。

「丸一日だ。気を失ってから一度も目を覚まさないしピクリとも動かないんだぞ。たんこぶだけなんて本当かと、心配するのは当然だろう。見落としはないのか」

「脳震盪が見受けられたけれど、度合いは様子を見てみないとわからないよ。風邪もひいてるみたいだから、点滴に栄養剤と抗生物質もいれてるんだ。薬の副作用で余計に眠い可能性もあるね」

「ただ寝てるだけだって?」

納得いかなそうな声に、医者のうんざりしたため息が聞こえた。