「文」

叱るような声音に、背筋が伸びる。

「はいっ!」

「俺の世界にはね、勝訴か敗訴しかないの」

勝ち誇った顔は一気に距離を詰めて、文はソファに押し倒された。

「いや、示談というものがあるのではっ」

文は慌てて胸を押す。文の抵抗に七生は眉を顰めた。

「法曹界を語るなんて生意気だ」

「いや、最初にそういうこと言ったの間宮さ……」

「 ”間宮さん” ? 悲しいことを言うな」

獣のようにぎらついていた瞳が光をなくす。

(しまった!)

付き合っていたのなら、名前で呼んでいたのかも。

「そうだよな。覚えてないんだもんな……」

わざとらしく落ち込んで見せてくる。

(なんかずるい……)

どうしたらいいのだろう。

「あ、あの、七生……さん? 別に嫌とかそういうわけでは……」

以前なんと呼んでいたのかは思い出せないが、呼び捨てにはしていないと思う。
名前を呼ぶと七生はまた目を輝かせた。

「嫌なわけではなくて。それで?」

誤魔化させてくれずに結論まで言わせるところは、仕事中と変わらないようだ。

「ええと、恥ずかしいというか……」

「かわいいな。それならば遠慮はしない」

七生は口の端からふっと吐息を漏らす。

「かわ……⁉ え、あっ……ふっ……んんっ」

驚いて叫んだ隙に口を塞がれてしまい、反論を許してもらえない。

「俺の勝ち」

耳元から吹き込まれた囁きに、敗訴を自覚した。