言い淀んでいるうちに、七生はやんわりとその手を解いた。

「先に寝ていいからね」

子供のように頭をひと撫ですると、玄関へと向かう。
文は距離を保って追いかけた。

途中、七生の電話が呼び出された。コートのポケットに入れていたスマートフォンを取り出すと、靴を履きながらすぐに通話に応える。
玄関扉が閉まると同時に聞こえたのは、許嫁の名前だった。

「あ、琴音? 今から出るけどーー……」

扉が閉まり、声は途切れる。
ふたりは何を話しているのだろう。

どこへ行くのかな。お昼も夕飯も要らないだなんて、デートにでも行くのかもしれない。
どろどろとした感情が溢れる。

慌てて、隠し持っていた封筒の元へ走った。
クローゼットの奥から引っ張りだすと、書類を破けんばかりに乱暴に広げる。

そこには調査対象者の情報が書かれていた。
琴音の所在地も、もちろん記載がある。

(琴音を迎えに行ったんだ)

その考えに囚われると、じっとしていられなかった。
自分の向かう先が合っているのかもわからないまま、急いで仕度をすると部屋を飛び出した。