「謝らなくとも良い……。そうだ、其方への贈り物がある」

 ガラリと空気を変えるように、その人が黒い衣装の袖をごそごそと探り始めた。取り出したものを、私の手のひらにそっと乗せる。

 手渡されたのは、白い小花が散りばめられたキラキラと煌めくかんざし……。

「えっ、私が頂いてもいいんですか?」

 その人が、嬉しそうに頷いている。

 夕焼け空も、金色に光る川の水面も、その人の笑顔も、全てがキラキラと眩しい。
 絶望的だった私が、こんなに輝いた世界に居るなんて……。

「ジュンユン様!」

 そう呼びながら、勇敢を絵に描いたような若い男の人が走り寄ってきた。その人の護衛のようだ。耳元で、ひそひそと何かを伝えている。

 同時に、二人は背後を振り返った。その視線を辿ってみると、赤と黒の衣装を着た王宮の兵士達が十人ほど、こちらに向かって歩いている。
 
 私達が一緒に居ることは、悪いことなのだろうか? なんだかよく分からないけれど、どうやら、この状況はまずいようだ。いろいろ聞かなきゃいけないのに、チャンスを逃してしまうのか!

「あっ、あの! どうして美咲さんと私をこの世界に連れて来たんですか?」

 とっさに、そう聞いていた。

「来るべくして来たのだ。じきに分かるであろう」

(来るべく? この世界に来るべきだったというの?)

「教えて下さい! ここは、いったいいつの世界なんですか?」

「西暦で申すと、はっぴゃく……」

 その人がそう言い掛けた時、

「ジュンユン様! お急ぎ下さい!」

 護衛が私達を庇うように立ち塞がり、二人の時間を終わらせるよう急かしてくる。

「では、失礼する」

 その人は、名残惜しそうに私を見つめ……、足早に去っていった。

 肝心なことが聞けなかった……。どうしたら元の世界に帰れるのか? 
 一番大切なのは、美咲さんを現実の世界に帰らせることなのに……。
 どうして、もっと早く気付けなかったんだろう。

(確か、西暦はっぴゃくと言い掛けていた。ということは、ここは過去の世界なの?)

 自己嫌悪に陥りながら歩いていると、手のひらにあるかんざしが目に留まった。嬉しそうに手渡す、あの人の笑顔も蘇る。

 ジュンユン様……。護衛が、そう呼んでいた。
 ジュンユン様とスヨン、どんな繋がりがあるのだろうか?
 もし、私がスヨンだとしたら、ジュンユン様に好意を持っていたような気がする……。
 こうしている今も、愛しく思う。
 遠い親戚? もしかして、幼なじみ? それとも、恋人だったりして……。
 まさか……、そんなことはないか。

 燃えるような赤い空の下、完成が全く見えないパズルのピースを少しだけ手に入れたような気分だ。

 ようやく、巫女達が住む建物が見えてきた。同時に、その門に入っていく二人の後ろ姿が目に入る。
 マヤ様と古典教師似の副代表だ。

「急がなきゃ」

 私は、何かに怯えるように足を速めた。