念の為、廊下やその周辺を確認してから戸をピタッと閉める。

「あっ、入って」

 水色の衣装を羽織りながら、入り口に茫然と突っ立っている元女子高生を部屋の奥へと通した。
 重みのある木製の小さな机を挟んで、向かい合って座る。

 純粋で真面目そうな子だ。紫色の装束が、元女子高生を更に凛々しく見せている。
 しかし、いざ目の前にすると、何から話したら良いのか分からなくなってしまった。

(いきなり、元の世界の話をして良いのだろうか?
 私がこの世界の者ではないということを知ったら、この子はみんなにバラしてしまうのだろうか? 
 まずは、この子の正体を知ることが大事なのではないだろうか?)

「あの……。門の前で、“ホームから飛び降りた子だ”と言いましたよね?」

 あれこれ考えているうちに、元女子高生の方が先に口を開いた。

「えっ!」

 やっぱり、私が叫んだ言葉が聞こえてたんだ。

「なぜ、第三夫人がそれを知っているのですか?」

「それは……」

(言ってしまって良いのだろうか? もう少し、いろいろ整理してから呼べば良かった。通報されたらおしまいだ!)

「実は、私はこの世界の人間ではありません。第三夫人が言う通り、ホームから電車に飛び込んだらここに来てたんです」
 
(そうだ! この子も、この世界の人間じゃないんだ! バレたら殺されるのは、お互い様だ)

 私はこの状況をしっかりと理解し、元女子高生をまっすぐに見つめて話し始めた。

「あのね。私、その時、あんたの隣りに居たの。あんたが電車に飛び込むのを目撃してたの」

「えっ……。でも、なんで、この世界に居るんですか? 私は死んだから、天国かどこかに来たのかと思ってました」

「それを聞きたいのはこっち! だいたい、自殺した人間が天国に行ける訳ないでしょ! 死んだ時の苦しい想いを抱えたまま、この世より苦しい地獄を彷徨うって決まってんだから! あっ、自ら命を絶った重罪もプラスされるし、もう苦しみのエンドレスだよ」

「苦しみの、エンドレス?」

 元女子高生が、うさんくさいという顔で私を見ている。
 当たり前のようにあの世を語るなんて、怪しい宗教を信仰してると思われたかもしれない……。

「って、誰かが言ってた」

 一応、自分の意見ではないということを付け加えておく。

「はぁ〜」

「それに、人身事故ってほんと迷惑なんだよね。電車止まっちゃうんだから! みんな一気にタクシー乗り場に走って、何万人もの人が動けなくなるんだよ! 最悪なのは、乗ってる電車に飛び込まれた時、降りることもできないんだから! 人生最後に大勢の人に迷惑掛けるなら、崖から飛び降りてくれた方がまだマシだよ! 家族だって大変な金額の賠償金払わなきゃいけないっていうじゃない? 自己中過ぎるよ!」

「確かに……、そうでした」

 しんみりと俯く元女子高生を見て、しまった言い過ぎたと思った。
 他人の痛みや苦しみが分からない、思いやりがないのが私の欠点だと、親や友達にもよく言われてきた。

 だいたい電車に飛び込むなんて、正常な人間ができることじゃない。この子、悪い子じゃなさそうだし、よほどのことがあったに違いない……。

(でも、自殺まで追い込まれた真相って、いったい何? 失恋? 親の離婚? 知りたいけど、きっと触れちゃいけないんだろうなぁ?)

 暫し、沈黙が続く……。