その6
麻衣


亜咲さんの南玉復帰後の再脱退はやはり、事の他早かったよ

お母さんが神戸の病院に移ることになったそうで…

あの日、逆髪神社で会って、その話をしてくれたんだけど…


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「あ、亜咲さん…、お疲れです」

「麻衣、お疲れ。しかし、だいぶ掴んできたな。石段に上がるタイミングもさ」

「いや、まだまだですよ。恐いんですよ、上がる瞬間が…。そこんとこが、やっぱり…。後、数か月教えてもらわないとダメかな…」

「麻衣、もう時間なくなっちゃんだ、悪いな。あと2,3回だ、ここでレッスンできんのは」

亜咲さん、一気にって感じで私に告げてきたよ

で…、私もズバッと聞いた

「今更、とぼけヅラも何なんで、はっきり言います。神戸行くんですよね、お母さんの転院で…」

あの人は、”やっぱり先刻ご承知か”って顔して、そのあとちょっと苦笑いしてた

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「そういうことだ、あとはアンタに任せるしかない。で、ココじゃなんだし、最後の晩餐で、どっか店入って話そうや」

「ええ、そうしましょ。でも、その前に、上行って願かけてきませんか?一緒に、亜咲さんのお母さんの病気治るように、お参りしませんか?」

私達は石段を上り、神前に揃って参拝した

もっとも私…、神社で願掛けなんて物心ついてからこの方、記憶になくてね

願い事は自分の力で勝ち取ることって、そういう頭だったから

でも、あの日は純粋に手を合わせてた

とは言え、”アンタ”も毎日いろんな人の願い事、大変だろうから、人選べよって、そのくらいの気合いだったが…

亜咲さんみたいな人の苦労、救い上げてくれたっていいだろって

勉強もロクにしないで、合格祈願とかなんてヤロウ、無視でいいからってさ(苦笑)


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「ありがとうな。母のこと、一緒に願ってくれて」

「大事にしてやってくださいね、お母さん。私も母娘二人の母子家庭なんで、やっぱり伝わるんです、気持ちが。まあ、うちのは風邪ひとつひかないですけどね…(苦笑)」

参拝を終えた亜咲さんと私は、並んで上から石段を見下ろした

「ここ下ってくのは、さすがにできないですよ、私には」

「ああ、やめとけ、死ぬから。私も死ぬかと思ったし、ヘへへ…」

あの神社の石段は蹴上げが低く、踏み面は幅がある

とは言え、下りも含めた逆髪昇り”完全版”は、亜咲さんだけの神業だ