愛しき人と



愛しの撲殺人…。

今、ベッドの上で激しく愛し合っている倉橋優輔を、本気で愛するようになったのはいつからだっただろう…。これは今まで麻衣が何度も自分に問いかけてきたことだった。

今年の夏…、相馬豹一がこの世を去って、俄然、麻衣の視界には撲殺人がクローズアップされたが、この男のことは去年初めて会ってしばらくした時点で、大好きになっていた。

首のやけど痕に惹かれたのは、厳密には大好きになった後になる。無論、あの疵で一層、彼を思う気持ちが燃え上がったのは事実ではあったが!


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ずっと大好きだったこの撲殺人…。でも、今のような気持ちで愛するようになったのは、夏が終わったあたりになる。麻衣にとって、これが自問自答のいつもの答えであった。しかし、”あの時から”は必ずしも同じではなかったのだ。

その、”あの時”とは…⁉

自分と婚約する決意を聞いた時になる。自分の監視を放棄し、組から命を狙われる立場を受け入れたと、彼から告げられた時などが大体だった。

そして、ここ最近になって”あの時から”の定義付けが変わった。麻衣はこの撲殺人の愛し方を変容させていたのだ。それは”進化”と言えるかもしれない。

今、荒々しく自分の裸体を抱いている彼に感じている愛情は、いつ死に別れても悲しくない…。それほど結びついた相手として愛していたのだから。

この麻衣にとって二回り近く年の離れたこの”撲殺人”は、今や死生観を共有する盟友と言ってもよかった。一方、二人は異端の極道集団、相和会のフレーム内に身を置く熱々のカップルでもある。その二側面が交差した時、この男女はもはや戦友と違わなかったのだ…。


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「…じゃあ、籍を入れるのは年明け早々ってことでいいんだな?」

「うん。本当は年内でもいいんだ。どっちでも…。私にとってはそういうの、あんまりこだわりないから。投げやりみたいでごめんね。はは…」

「いやあ、俺もどっちかって言えば、そんなもんだわ。でも…、本郷麻衣が倉橋麻衣になることを、俺としては結構、重たく受け止めてる…」

「…その理由、聞いていい?」

麻衣はベッドの左横から自分の肩に回している彼の毛深い右腕を両の手で捉えると、それを自らの首にマフラーでも巻き付けるかのように右側へ身を反転させた。

撲殺人の体の上に半ば乗っかった態勢で、麻衣は彼の目を見つめながら返事を待っていた。


***


「俺はいわば、本郷麻衣のファンだったから…」

そのアンサーは、彼独特のとつとつ調で麻衣に届いた。

「…」

麻衣は口にする言葉を模索したが、ちょっと難航していたようだった。”それ”を、今や戦友に至った愛しい婚約者は察したのか、その間を埋めるかのように言葉を発する。

「…麻衣ちゃんは俺が憧憬していた相馬会長の死生観を、女子高生の立ち位置で体現していた。それは言葉にできない衝撃だったよ」

本郷麻衣を相馬豹一が後押しすることとなった昨年夏、倉橋はその当初から麻衣の一番近いポジションに着いていた。それは、用心棒兼監視役と言う二つの側面を有して。

そして、倉橋は若き日の命知らずな相馬を彷彿させる、麻衣の傍若無人な疾走ぶりを目の当たりにしていくうち、一種のリスペクトの念を抱く…。

ドンと年下の未成年娘に対して!

武闘派ヤクザとして、戦後の日本極道界にその勇名を馳せた相和会の幹部たる男が!

さらに麻衣と行動を共にする間に、二人には年齢の差を超えたシンパシーも生まれていったのだ。

倉橋はそんな麻衣を一人の女として愛するようになり、ついに相馬豹一の死生観の神髄を会得する。そんな”撲殺人”倉橋優輔にとって、その神髄を伝播してくれた本郷麻衣は神威を持った存在とも言えたのだろう。


***


「…倉橋麻衣になったって、麻衣ちゃんが変わらないことは承知している。要は俺の意識の問題なんだが、この一年間、オレの眼前で疾走していった本郷麻衣にはそのまま存在していて欲しいって気持ちもなあ…。変な理屈だが…」

「…」

珍しく麻衣は何も語らなかった。

そのまましばらくすると、麻衣は愛する男の胸の中で眠りについていた。穏やかな寝息を漏らしながら…。