猫と髭と冬の綿毛と


彼は新しいグラスを前に続ける。

「彼女は手にした物を眺めて、嬉しそうに柔らかい笑みを浮かべてました。
それを見てる間に自然に足が向いて、名刺を渡しながら言ったんです。
 
『僕が君のマネージャーになって仕事を取って来る、君は着いて来るだけで良い』

すると、彼女は直ぐに返して来ました。

『いいよ、行けるとこまで行こ』

その時も真っ直ぐな目をして、ずっと僕を見てました。
子供のように貰った物を大事そうに抱えて……」

物語の終わりにグラスを手にしたまま、どこか遠くを捉えていた。

「あなたは何も変わらない。そういう所が良かったのかもしれませんね、彼女は」

不意を吐いて携帯を取り出し、此方に向けてカウンターの上に置く。
表示の待ち受け画像に、思わず怪訝な顔を向けると、呆れたように笑い出す。

「これは貴方に電話を掛けた時の忘れ物です。それと、まだ気付きませんか」

脳裏を巡らせる合間に彼の指が彼女の携帯に触れ、暗い画面から再び待ち受け表示が浮かび上がって来る。

それは、青色を主体とした色彩の水中に上から光りが差し込み、細かい泡を身に纏いながらペンギンが泳ぐ一枚だった。

「自分が撮った写真もお忘れですか?まったく、私に言わせるのは十年早いですね」

急に変えた口調と態度に笑いが込み上げ、終には漏れ出すのを堪えながら応える。

「ありがとう、すっかり忘れてた。言われなきゃ、そのままだった」