猫と髭と冬の綿毛と


「どうしても私情を挟んでしまいます、彼女には……」

そこで少し黙り込み、煙草を口にして火を点け、大きく吐き出す。
ふと、穿いたままの手袋に気付き、煙草をくわえながら手袋を外して片隅で重ねた。
その様子は雑誌を飾るモデルにも劣らず、華々しい雰囲気が漂う。

けれど、良く見れば上質な革で(あつら)えた形に、使い古しの色味から性格が現われていた。

「長い付き合いなの?」

それは思い付いただけだが、どうやら彼はまだ馳せてるようで、グラスを手にしながら話し始める。

「あれはいつだったか、彼女を見かけたのは今と同じ時期でした。
 若者が行き交う道の、誰も見向きもしないような小さな展示場で、
 髪が長くて、とても可愛らしい女の子が椅子に座って、目の前の写真か絵を
 ただ眺めてました」

区切るように酒を呷り、煙草を吸って吐き出し、再び語り出す。

「あの頃に僕はスカウトをしていて、彼女の名前も知ってました。
 そういう噂は早いですから……、それでも目を惹かれたんです。
 理由は自分でも分かりません。けど、強いて言うなら、彼女の目です。
 一点の曇りもない、あの真っ直ぐな瞳が印象的で……」

彼は残りの酒を一気に飲み込むと、すぐに店員へグラスを差し向ける。

隣で耳を傾けたまま、此方のグラスは既に色が薄く、氷が溶けて小さな音と共に僅かな量が揺れていた。

目は口ほどに物を言う、などと偉人の格言を残りの酒で流し込む。

すると、隙を見計らったような声が聞こえて来た。

「その時、すぐに声を掛けることが出来ませんでした。
 彼女は目の前を見たまま、動こうともしない。
 それから三十分程して、若い男が現れて急に板を外して、
 彼女に差し出すのを僕は見てるだけでした……」