猫と髭と冬の綿毛と


近所の飲み屋で肩を並べて腰を掛け、同じ注文を告げながら辺りを見回す。

周囲には見慣れた雰囲気や佇まいが広がり、食事をする姿や珈琲を手に音楽を聴いて和む顔、一つの椅子で戯れる恋人達が様々に過ごしていた。

注がれた酒を前に互いにグラスを合わせることもなく、静かに口へ運ぶ動作を繰り返し、ただ飲み込む。

その中で話を切り出さない様子に業を煮やして訊ねる。

「なんですか、話って」

ふと、彼はグラスから目線を上げ、思い付いたような顔で応えた。

「そうでしたね、久しぶりの酒で……、つい思いを馳せてしまいました」

彼の思いなど考える余地もなく、それで?と先を急かして見る。

「簡潔に言えば、当事務所に属しませんか、と言うお話です。詳しく申しますと、弊社に岩谷さんへの問い合わせが数多く来ております、フリーで活動されてるのは聞いてますが、弊社は手広く活動をしてますので安定した収入は保証致します。ご検討頂ければと思いまして今回は此処まで参りました」

それは以前と違う態度で、此方へ誠意を向けた伝え方は把握していた。
魅力的な選択肢ではある。けれど、噛み砕いても、自分が求めてない内容なのは確かだった。

「遠い所申し訳ないですが、お断りします」

「そう言われると思ってました」

彼は軽く唇を噛みながら、微かに口角を上げ、誤魔化すように酒を呷る。

「悪いな……」

「咲山も最後まで反対してました。岩谷さんは絶対その話受けない、行くだけ無駄だ、と。今回は少々傲慢でしたね……」

何となく気まずくなり、普段の口調で返して見たが、彼は苦笑いで返した。